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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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75. 誕生の日

 井戸に水を汲みに行く必要がなくなり、ナギの時間と体力には大きな余裕が生まれた。

 お蔭でナギはその朝、これまでより少しだけ長くラスタと向き合って、疑問を追究することが出来た。



 ラスタは、驚く程に多くの水を作ることが出来るようだった。

 それはやや想像を超えていて、広い範囲に雨を降らすことも出来るらしい

――――――――――――そしてそれと同じことを、黒竜は、火でも出来ると答えた。




 馬小屋へ向かう時間になり、少年は手の上の小さな竜と向き合った。


 「行って来ます」。そう言う前に、ナギはちょっとだけ沈黙した。

 竜と少年の間に、奇妙な間があった。


「………ラスタ。」


 名を呼んだ途端、黒竜がかっと口を開いて、翼を目一杯に広げた。

 最近ではもうあまり気にしなくなっていたのだが、溜め息と諦めと共に、少年は一応尋ねた。


「…………ラスタのトイレって、どこなの?」



  確認が命懸けになってきたな――――――――――……。



 今吹き飛ばされなくて、よかったと思う。





 その夜から、ラスタはナギの胸の上で眠ることをやめた。

 でも思っていた程、ナギは寂しくなかった。

 代わりにラスタは、ナギの横にぴったりとくっついて眠るようになったのだ。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ナギの誕生日は、毎年ちょうど麦の収穫の頃だ。


  母さんやみんなは、この日をどんな思いで迎えているだろう。


 いなくなった自分を案じ続けているだろう家族のことが頭に浮かび、誕生日はいつも辛い。



 初めてここで誕生日を迎えたミルも、多分物凄く辛かったと思う。


 せめてその日に、花の一本なりとも贈ってあげたかった。


 そんなことすら、今の二人には叶わなかった。


 もしヤナに帰れたら、祝えなかったたくさんの日を二人で一緒に祝いたい。



 仲間とミルを全員助け出して、全員で故郷に帰るのがナギの望みだ。

 それが叶わないのなら、なんとか自分とミルだけでも帰りたい。



 それすら難しければ、ミルだけでも故郷に帰してやりたい。




 それがもうすぐ16になる、少年の願いだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 麦を狙う鳥や動物達との際限のない闘いの日々を終え、領主の麦畑は収穫の日を迎えた。


 領民達にも自分達の畑があるため、ブワイエ家もこの時ばかりは日当の額を上げ食事を振る舞ったりして、手伝いに来る村人達を盛り立てる。


 収穫、麦の天日干し、脱穀、保管作業、わら作りと続く怒涛の日々には、館の使用人も手の空いている者は皆駆り出された。


 ミルもこの日初めて、館の門の外に出された。


「ナギと同じ国の子?」

「あの足どうしたの?」

 噂に聞いていたブワイエ家の少女奴隷を初めて見て、領民達は興味深げだった。


 ミルはいつもの、色のさめたヴァルーダの古着を着ていた。

 ナギと目が合うと微笑んでくれるが、彼女の顔色は今日もあまりよくない。


 ヤナで家族に囲まれて普通に生活していたら、ミルはきっと、今よりずっと綺麗だろうと思う。


 ほかの女性のように、綺麗な服だって着たいだろう。


 こんな暮らしをしていたら心を病むし、体を壊しても当たり前だ。



 体も心も弱っているようなミルの様子を見て、何時間も中腰で麦を刈り続けるきつい作業に彼女が耐えられるだろうかと、ナギは不安になった。


 ナギの不安は的中した。


 通訳の必要から、ナギはミルのすぐ横で作業をすることが出来た。

 少女は黙々と麦を刈り始めたが、その口数の少なさが心配になって、途中でナギは「大丈夫?」と彼女に声を掛けた。


「だいじょ―――――――――――――――――――」


 そう言いかけて、ミルはふらついた。


 ナギは慌てて彼女を抱き止めた。

 そして胸に抱えた少女の柔らかさに、どきりとした。



「おい、どうした?」

「きついんだったら、麦束を縛る作業に回りなよ。」


 様子に気が付いた村人達が声を掛けてくる。



  どうして鎖を外してくれないんだ――――――――――――‼



 ナギは叫びたくなった。

 このきつい作業を、鉄の重りを引き摺りながらするのがどれだけ辛いか。

 館の人間は、考えようともしない。


「………倒れて見せれば、休めると思う。」


 すぐに自力で立ったミルに、ナギはそう提案してみたが、少女は首を振った。


「―――――――――――――――――。」


  ミルは初めて、館の外に出たんだ。


 帰されたくないのかもしれない、と少年は彼女の心情をおもんばかった。


 ミルは確かに、館に戻りたくないと思っていた。だがただ単純に、館が嫌というだけではなかった。


 ミルが戻される場所は、地下牢なのだ。


 ナギもまだ、この時はそれを知らなかった。



 結局ミルは、刈り取られた麦束を縛る作業をすることになった。

 こちらはこちらでしゃがんだ体制で少しずつ前進するような作業で、決して楽ではないのだが、中腰で行う刈り取り作業よりは、多少はましだった。


 その時、村人達が囁くように交わした言葉が作業に戻った少年の耳に入った。




「あの子、ナギと一緒にするのかもな。」




 その言葉に、少年は心臓が止まりそうな程の衝撃を受けた。



 家畜小屋の牛が、彼の脳裏に浮かんだ。




  奴隷の再生産―――――――――――――――――――




  子供を産ませようとしている――――――――――――?




 麦と鎌を持つ少年の手が震えた。


 奴隷に奴隷を生ませようというのか――――――――――――――。




  嫌だ。




 たとえ自分がミルを好きで、ミルも自分を受け容れてくれたとしても。



 それだけは絶対に嫌だ。



 絶対に。




 そのどす黒い未来図は、少年の心を打ちのめした。








 数日後、ナギは16歳になった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 季節は巡り、また冬が来た。


 闇を裂き、鶏が鳴いていた。


 ナギはふと目を覚ました。


 いつも自分にくっついて寝ているラスタがいないことに、すぐに気付いた。


 はっとして、少年は体を起こした。


 ラスタは、彼のすぐ横にいた。


 煌めくような青い瞳が、じっと少年を見つめている。


 息を飲み、小さな竜と向かい合うようにしてナギは座った。



  成長する――――――――――――――――?!



 やがて淡い光が黒竜を包んだ。



 金色の光。



  ―――――――――――――以前まえと違う――――――――――――?



 以前の二回とラスタが生まれた時は、金色の光の粒はラスタを包むように現れたのに。

 光が竜の上へ、細長く伸びて行く。



 思わずナギは立ち上がった。



 光の柱は、ナギの腰ほどの高さに達した。

 光る空間が大きい分、今までで一番明るい。


 薄闇の中で、牛達が騒いでいる。



  まさか一気にこれだけ大きくなる?



 もうこれは、仔馬程の大きさじゃないだろうか。



 光の柱の根本で、小さな竜はじっとしていた。

 金色の光は少しずつほどけるように、周囲に広がっていった。



 金色の光が、夜明け前の世界に満ちて行く。



 なんて綺麗なんだろう。






 ぽんっ。






 小さな音がした。






 動けなかった。





 声も出なかった。





 ナギはただ、目の前に現れた存在ものを見ていた。





 青い瞳がこちらを見上げている。





 少女は微笑んだ。





 一糸(まと)わぬ姿で。


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