72. ラスタの二度目の成長(2)
何か言いたそうだ。
「ラスタ―――――――――――――?どうしたの?」
言いながら、ナギは小さな竜の前にしゃがんだ。
少年を見上げる黒竜の表情は、なにか躊躇うようだった。ラスタは数秒ナギを見つめて、そして後ろを振り返った。
薄闇の中で、牛達が微かな鳴き声を上げている。
牛達と小屋の入り口との間には、可動式の柵がある。
するとナギから距離を取るように、小さな竜はとてとてとその柵に沿って歩き出した。
「ラスタ?」
黒竜はそれ程長くは歩かなかった。ナギが困惑の声を上げながら体を起こすのとほとん同時に立ち止まっていて、竜はもう一度少年に向き直っていた。
どうしたんだろう。
今なぜラスタが自分から離れたのか分からず、戸惑いながらもナギはそこから動けなかった。
数瞬、少年と竜は沈黙のまま見つめ合った。
そして。
「えっ…………」
そう言ったきり、ナギは言葉を失った。
この日ラスタが手に入れた超常の力は、一つではなかったのだ。
柵の向こうで、牛達が激しく動揺している。
仄暗い闇が覆う世界に、光と熱が生まれていた。
炎だった。
赤く小さな炎が五つ、黒竜の上で揺らめいている。
息を飲み、ナギはその光景を見つめた。
熱い。
夜明け前の小屋と、美しい小さな竜が、揺らめく火に朱く照らされている。
ラスタは水と火を生むようになったのか………!
と。
炎が頼りなく揺れた。
そして光の球はあちこちにふらふらと落ちた―――――――――木の柵や、牛の敷き藁に向かって。
「えっ?!うわっ?!!」
燃え移る?!!
思わずナギは、桶を持ち上げて構えた。だが幸いに、どの火もどこかに移る前に小さくなって、空中で消えた。
少年がほっと安堵の溜息をついた時、暗がりに戻った小屋の中で、決まり悪そうな表情をしている黒竜と目が合った。
初めてだからうまく出来なかったとか。
その可能性はある、と思った。
「………えーと………この力、こういうものなの………?」
少年が尋ねると、黒竜はやはり決まり悪そうに頷いた。
「………火を一つだけ作ることは出来る?」
そう少年が重ねて問うと、ラスタはやっと、ちょっとだけ胸を張った。
「あ」
実演してほしい訳ではなかったのだが。
竜の上にすぐに赤い炎が一つ現れて、その不安定さはナギを内心焦らせたが、幸い今回も、どこかに触れる前にその火は消えた。
ラスタが先刻随分躊躇っていたのは、火を生みだした後のコントロールが利かないからなのか。
小さな竜は不本意そうだが、ろうそくや薪とか、危なくない物に火を移せばいいんだな、とナギは思った。最初の火を起こすのは大変だから、これは凄い力だと思う。
「凄いよラスタ!!」
少年が心の底からそう言うと、ラスタはようやく少し嬉しそうな表情をした。
水と火――――――――――――――――――――。
その価値の大きさに気が付いて、ナギは胸がやや苦しくなった。
水と火があれば、自分とミルで、国境を目指すことも出来るだろうか。
まだ難しいと思った。
だがナギの中でその時、脱出計画が少しだけ現実味を帯びた。
小さな竜がとてとてと少年の足元に戻って来た。
ナギはその場にしゃがみ、両手を伸ばしてラスタを迎えようとしたが、その手前で黒竜は立ち止まった。
「ラスタ?」
立ち止まったラスタは、また何か困ったような表情をしていた。
読んで下さっている方、今日たまたま読んで下さった方、本当に本当にありがとうございます!!
こんなに長くなる筈ではなかったのに、書いても書いてもゴールに辿り着かず……(泣)。(でも結末決まってます……)
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