71. ラスタの二度目の成長
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
消えている時のラスタは、物に触れない。
ラスタが狩りをしているらしいと分かった時、少年はすぐに問題点に気が付いた。
黒竜は、何かを持って消えることも出来ない。つまり何かを狩っている瞬間と食べている時は、ラスタは姿を現している筈なのだ。
藁布団の横で小さな竜にその疑問をぶつけると、ラスタは居心地悪そうにナギから目を逸らした。
「―――――――――――――――。」
「そんな子に育てた覚えはない」という、数多の親が口にしてきた言葉が少年の脳裏をよぎった。
なにせ小さな黒竜は、他の動物に襲われたらひとたまりもなさそうな程に無力なのだ。心配しなければいけないのは、ヴァルーダ人に見つかることだけではなかった。
だから外に出る時は姿を消すよう約束したのに、と思う。
でも今のナギに、ラスタの行動を縛ることは出来なかった。
「行って来ます。」
小さな竜が狩りに行っていることが分かってからも、ナギはそう告げて、毎朝ラスタと分かれた。
夕方に再会するまで心配で仕方がなかったが、竜人は多分、こうやって大きくなるのだろう。
自然と狩りを始めたラスタの行動は、本能に近いものにナギには思えた。
◇ ◇ ◇
収穫の季節が近付いていた。
早朝から日暮れまで、領地中の人間が畑仕事にかかりきりだ。
ナギも牛小屋で横になると、気を失ったように眠ってしまうことが多くなった。
一向に人の姿にならないラスタが二度目の成長を見せたのは、夏のナギの誕生日の前だった。
夏の夜明けは、冬のそれより当然早い。
だが季節を問わず、ナギの仕事が始まるのは「日の出前」だったから、その日もナギは、まだ暗い内に自然と目を覚ました。
目を開けると、枕元にラスタがいた。青い瞳は、じっとナギを見つめていた。
そんな様子を以前にも見たことがある。
ナギは慌てて、藁布団を這い出した。
やがてラスタは金色の光に包まれ―――――――――――――――――――――
息を詰め、少年が見守る前で、ラスタは再び、「一回り大きな竜」になった………。
◇
牛達が騒いでいる。
今度のラスタの大きさは、犬や猫の赤ちゃんに近かった。
もう両手に載せるにはぎりぎりのサイズだ、と思う。
伸ばした手に甘えるように頭を擦りつけてくる黒竜に、「おめでとう」、と少年はお祝いの言葉を伝えた。
竜人の成長は、美しかった。
生まれた時も、一度目の成長の時も、毎回深く心を打たれる。
ただ―――――――――――――――――
やっぱりまだ、人間の姿にはならないのかな――――――――――――。
もしかしたら人の姿になるのは、何年も何十年も先なのかもしれない、とナギは少しだけ覚悟した。
人に姿を変えることはなかったが、だがラスタはこの日、少年に新たな超常の力を披露した。
ラスタに急かされるようにして梯子を降りて、二つの桶に水が満ちているのを見た時、ナギは驚愕して小さな竜を振り返った。
「ラスタがやったの?!!」
空中で、美しい黒い竜は頷いた。
「水が作れるようになったの?!」
体が大きくなるごとに、使える力が増えるということなのか。
この日から、ナギは井戸に水を汲みに行く必要がなくなった。
◇
どのくらい自在に水を作れるんだろう。
「水を作る力」がどのくらい柔軟に使えるものなのか、知っておいた方がいい。
一通り驚いた後にそう思い、緊張しながら、ナギは小さな竜に自分の左手を差し出した。
「この中に水を作れる?」
ラスタはちらりと少年の手を見ると、すぐに頷いた。
「!!」
自分でラスタに頼んだというのに、突然左手の中が冷たくなった時には、ナギは思わず目を瞠った。
水だ!
手の中で、透明な液体が光を抱いて揺れている。
まじまじと見つめてから、ナギは左手に口を付け、その光を飲んでみた。
おいしい――――――――――――――――――
冷たくて、おいしい。
「凄い………。」
少年が思わず呟くと、小さな竜はちょっと嬉しそうにしたが、珍しくそれ程得意げにはせず、何か神妙な表情をして地面に降りた。
「―――――――――――――――――?」
地面から黒竜にじっと見つめられ、少年はやや戸惑った。
ラスタは少し困った様な表情をしていた。
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