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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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70. 変化の足音

  減っていない………?!


 雑穀の量は、昨日きのうの朝見た時と同じに見えた。



  ラスタがかめを間違えた?



 一瞬そう思って、だがほとんど同時にそんな筈はない、と少年は思った。

 途方に暮れたように、ナギは薄暗い空間に並べ置かれたいくつものかめを見渡した。

 ラスタが生まれてから、小さな竜の賢さや記憶力の良さにナギはずっと驚かされている。

 あのラスタが、目印までされているのに、一日前に自分が入ったかめを間違えるとは思えなかった。



  僕の言ったことが、理解出来なかった……?



 それも考えにくい。


 なぜかラスタは、見たことがない物の話や、聞いたことがない筈の言葉でも、ナギの語ることをすべて理解しているようなのだ。

 「目印」という言葉をラスタが聞いたのは初めてだと思うし、「あのかめ」とか、目の前にない物のことを話して理解出来る生き物はそういない。


 でもなぜかラスタにはそれが出来る。


 ナギは今ではそれを確信していて、まるでヤナ人の友達と話すかのように、普通にラスタに話し掛けている。多分これは、獣人の不思議な力の一つなのだと思う。


「―――――――――――――。」


 もう一度(かめ)の中を見つめる。

 やっぱり、昨日きのうの朝見た時と同じ量だと思う。


 困惑しながらナギは、そのかめの蓋を閉めた。一応、また少しだけ蓋をずらしておいた。


  もしラスタが間違えたのだとすれば―――――――――――


 少年は昨日きのう開けたばかりの、隣のかめの方に移動した。そしてその蓋を開け、中を覗いた。



「………………。」


 どう考えていいのか、分からなかった。


「食べていない………。」


 思わず呟いていた。



 ここの雑穀は鶏達の朝ごはんで、一つのかめは、大体五日で空になった。

 三年間鶏に餌をやり続けてきたナギは、今はかめに残る量を見ただけで、それが開けて何日目のかめなのか判別出来る。


 今までラスタが食べる「ごはん」の量は、雑穀の減り方に誤差みたいな違いを与えていただけだった。


 でも大きくなったラスタが食べる量はこれまでとは段違いに増えていたから、昨日きのうラスタがこのかめから食べたのなら、見れば分かる筈だった。



 このかめの中身も、昨日きのうナギが最後に見た時の量のままだった。



「……………。」

 もう一度納屋を見渡して、考えもしていなかった状況にナギは動揺していた。



  ほかかめはみんな空か、ぎっしり入ってる。



 中が詰まっているかめの内側に入り込んで雑穀を食べるのは、難しいだろう。


 ほとんどあり得ないと思いながら、ナギはまだ手付かずのかめの蓋を、一つだけ開けてみた。

 その中身は蓋の縁近くまであった。

 つまりラスタはここからも食べていない。


 残りの蓋を全部開けても、ラスタが食べた痕跡あとを見つけられると思えなかった。


 ナギはそれ以上、かめの中身を確認しようとはしなかった。



  ラスタはまさか、昨日きのうは何も食べていないんだろうか?!



 慌てて鶏達に餌と水を与えると、ナギは急いで相棒のいる牛小屋へと戻った。




「ラスタ!」


 牛の背中の上を駆けて遊んでいた黒竜は呼ばれるとすぐに振り返り、差し伸べられた少年の手の中に舞い降りた。


 小さな竜を、硬い表情で少年は見つめた。


「――――――――――昨日きのう、雑穀を食べなかったの?」


 少年が尋ねる。

 すると青い瞳の竜は、こくりと頷いた。


「――――――――――何も食べてないの?!」


 黒竜は、今度は首を横に振った。


「――――――――――――――――――!!」


 ナギは息を飲んだ。



  雑穀以外の物を食べた?!



 その想像は、少年をかなり動揺させた。

 一昨日おとといラスタが食べたのは、木の椀に八分目くらいの量の雑穀だった。



  あの量に代わる「ごはん」を食べた―――――――――?!



  どこで、何を。



「どこで、何を食べたの?」


 重ねて尋ねたナギの声は、やや乾いていた。

 食べた場所や物によっては、自分達は危険に晒されかねない、と少年は思った。



 するとラスタは、ちょっと困ったような表情で小さな手を上げ――――――――そして北西を差した。





「―――――――――丘―――――――――?!」





 その時から黒竜は、雑穀を必要としなくなった。




◇ ◇ ◇


 ブワイエ家は緩やかな丘の中程に、正面玄関を下に向けた形で建っている。


 館の裏の、丘の上の方が、牛達がいつも放牧されている場所だ。

 足の鎖が草を荒らしてしまうので、ナギがそこへ行かされたことはほとんどない。だから丘のどこに何があるのか、少年はよく知らなかった。



  何かラスタが食べられるような物が、あそこにあるだろうか―――――



 ばれたらまずいような物を、何か食べていないだろうか?

 不安で仕方がなかったが、当てっこゲームでそれを解明するのには時間が掛かった。





  どうもラスタは、何かを()()()いるらしい。





 それが分かるのに、数日かかった。

 そしてナギが謎の答えを得るより前に、不愛想な客人は帰って行った。



 客人の帰宅を知った時、ミルのために、ナギは心よりほっとした。

 少女は相当酷使されたらしく、令嬢滞在のその数日で、やつれたようになったのだ。





◇ ◇ ◇


「ハンネス様のお相手が、ついに決まったらしい。」

「噂の『仏頂面のお嬢ちゃん』だろ?」

「まあ、ほんとに?」


 ハンネスとあの令嬢の結婚が決まったらしいとナギが知ったのは、それからかなりの日が経った麦畑にいた時で、村民達の噂話経由だった。



  ハンネスもあの女性も、互いに好意を持っているようにはとても見えなかった

  のに。



 だが嫁の来手に困っていたブワイエ家にとっては、絶対に逃がしたくない機会だったのかもしれない。



  あの女性がここに来るのか。



 その「めでたい話」は、ナギをいささか暗い気持ちにさせた。










  やがて春が来て、ミルは14歳になった。

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