07. 竜の誕生
熱がある?
まさか風邪をひいてしまったのかと思う。
ここでの病気は簡単に命の危機に繋がるから、微熱だろうと侮れない。
でも右手だけ温かい気がする――――――――――いやはっきりと、右の掌だけに柔らかな温かさを感じる。
ナギは再び藁の中から這い出した。そして薄闇の中で半身を起こすと、少年はそっと右手を開いた。
「石が…………?」
熱を持ってる?
まさか。
それとも自分の体温が下がってる?
――――――――――――石より?
今までにも石を握り締めていたことはあったけど、こんなに温かくはならなかった―――――――――――――――まるで生き物みたいな温度だ。
「!」
驚いて、ナギは一瞬石を放り出しそうになった。
今動いた?!
まさか。
気のせいだ。
水を汲みに行かなくちゃいけないのに、こんなことしてる場合じゃ
と。
突然に、金色の優しい光が石を包んだ。
少年は息を飲んだ。
夜明け前の世界に光が生まれ、牛達が少しだけ落ち着きを失う。
悲鳴を上げてもおかしくなかったが、ナギは息を詰め石に魅入った。
なんて綺麗なんだろう。
紫紺の模様を持つ小さな石は、けぶるような光に包まれて、薄闇の中に浮き上がっていた。
優しい温もりが、掌を覆う。
そして。
手の上でぽんっと小さな音がする。
どこから現れたのか、石があったその場所に同じ光に包まれたまま、小さな生き物が載っていた。
えっ……
「えっ……?」
心の中で驚きの声を上げた後、ナギは同じ音を口に出していた。
えっ。何これ?どこから?
どこから現れたんだろう。
微かに濡れた、黒光りする小さな生き物。
あれ?石は?
ナギの掌にすっぽり入る程の小さな小さな生き物は、体を僅かに震わすようにして、首や手足を動かしていた。
まるで生まれたての仔牛のようだ。
丸みのある体に、小さな四つ脚。長い首。長い尾。角のような尖った耳。嘴のような細い口。―――――――――――――――そして翼。
「…………………えっ…………………」
竜?
目の前の出来事が想像を超え過ぎていたせいで、どう反応していいのか分からず、叫ぶことすらなく、ナギはただ固まっていた。
竜?
竜の筈がない。
きっととかげだ――――――――――――新種の。
翼の説明が付かないと思い無理矢理解釈を足してみたが、やっぱり、とかげに翼はないと思った。
小さな生き物を包む光は徐々に薄くなったが、代わりに夜明けが近付いて、世界が明るくなっていく。
ナギの手の上で、しばらくの間か弱げに足や羽をばたつかせていた小さな生き物は、その体に徐々に力強さを見せ、やがてしっかりと首を上げた。
輝くような小さな青い瞳と目が合い、ナギは呼吸が止まる思いがした。
ぱた、ぱたぱたぱた。
小鳥よりも小さな羽が音を立てて動く。青い瞳は少年を見つめ続けていた。
その時掌に、ナギは強い揚力を感じた。
十回も羽ばたかなかったと思う。
数度の羽ばたきで、それはふらつくように、ナギの手から浮かび上がった。
飛んだ―――――――――――――――――――――――!
――――――――――――――――そしてぽてん、と落ちた。
えっ……
えええええええええええええええええええええっ?!
なんだこれ?!落ちた!!飛んだ!!
心の中では絶叫していたが、声にならない。
無意識に左手を添えて安全圏を広げてやりながら、ナギは自分の手の上に戻って来た小さな生き物を、穴の開く程凝視した。
艶やかな黒い体が、もそもそと体勢を立て直そうとしている。
新種の蝙蝠―――――――――――――――――――――?
ナギが「新種の何か」で自分を納得させようとしているのは、当然だった。
竜は獣人の中でも、伝説級の存在なのだ。
卵がかえるのに千年かかるとか言われていて、なので竜人は、卵をかえした人間の名も歴史に刻まれる。人類史上、竜人の卵をかえした人間は数名だけとか、ナギは学校で習った覚えがある。
そして獣人には、卵をかえした人間に恩を返そうとする習性があると言われている。それゆえに、超常の力を持つ獣人の卵はどこの国でも国や権力者が管理することになっていて、一般人が卵を隠し持っていることは、国によっては死罪にもなり得る重罪だった。
だから、ナギに卵をかえす機会がある筈がなかった。
卵―――――――――――――――――――――?
ま さ か。
ようやく思い至る。
石はどこへ?
まさかあれが卵だった?六角柱が?!
ぱたたたた…………
小さな生き物が、もう一度浮かび上がった。
今度はナギの目の高さを超えた。
竜…………………………………?!
光が差し始めた世界で、キラキラと輝く美しい生き物が飛んでいる。
もしかして―――――――――――――――――――
もしかして僕は竜人の卵をかえしてしまった…………?!
息が出来ない。
少年は目を瞠り、宙を飛ぶものを見つめていた。
ぎこちなくぱたぱたと飛びながら、小さな生き物がナギの頭のすぐ近くに寄って来る。そしてじゃれつくようにナギの頭を嘴で突っつくと、それは少年の黒髪をついばんだ。
「ちょっ………待っ………えっ………?!!」
もしかして、懐かれてる…………?
竜はそのままナギの顔近くに留まり続けた。
甘噛みのようなつつきかただがつんつんと細い口先を当てられて、先程から少々痛い。
まさか親だと思われてる?
激しく混乱する。
えっ…………………………
竜って、どうやって育てるの?
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