69. 不穏
今朝の台所にも増援が入っている。
小太りの料理長も増援の女中達も殺気立った表情で動き回っていて、少年と少女の奴隷には誰も注意を向けていないようだった。
彼らの様子を数秒窺うと、ナギはそっとミルの方へ歩み寄って、その横に屈んだ。
ミルの前に積まれている野菜は、今日もかなり多かった。
「大丈夫?」
昨晩と同じ青紫のドレスの少女に、小声で尋ねる。
力なく微笑んで、ミルは頷いた。
「――――――――――――――――。」
昨日の晩餐は何時に終わったのだろう。
使用人達もあまり寝ていないのだろうが、もしかしたらミルは、彼らより大変な思いをしたのではないかと思う。
館の人間は、ちょっと手に余る仕事や面倒な仕事はすぐに奴隷に押し付けてくる。
やっぱり家畜小屋の方がましだったかもしれない。
ずっと館にいるミルは、自分以上に逃げ場がない。
なんとかミルだけでも、ここから逃がしたい―――――――――――。
少年は、じっと少女を見つめた。
存在を忘れられたようになり、少年と少女はしばらくの間、そこでそうしていた。
◇
その日はハンネスは、客人をブワイエ家の馬車に乗せて出掛けて行った。
ナギは麦畑から、村の方へと走って行く馬車を見ていた。
馬車の窓越しに見えた金髪の令嬢と領主の息子はどちらも心底不機嫌そうで、それがまた村人たちの恰好の話のタネとなった。
ヴァルーダの支配者層の事情など少年には知る由もなかったが、あれだけ互いに気に食わない様子でも結婚したりするんだろうか、と思う。
少しだけ、ナギの気持ちは暗くなった。
もしあの二人が結婚したら、今より館の雰囲気が悪くなりそうな気がした。
◇ ◇ ◇
翌日。ナギは鶏の餌を取りに雑穀の納屋に入った。
客人はいつ帰るのだろう。
客が滞在している間のブワイエ一家や使用人達の行動が読めなくて、ナギの緊張は続いていた。
ミルのことも心配だった。
不安を覚えながら餌やり用の桶を取り上げた時、蓋のずれた甕が目に入って、昨日のラスタが食べた量が気になった。
確認しておこう。
そう思い、ナギはまずその蓋を開けることにした。
「えっ――――――――――――――――」
甕の中を見たナギは困惑して、数秒、身じろぎも出来なかった。
読んで下さった方、ブクマや評価、いいねして下さった方、本当に本当にありがとうございます!
今週も竜人誕生まで辿り着かず無念です……(泣)




