68. その朝
◇ ◇ ◇
甕の蓋を開け、ナギは一応中を確認した。
昨日はあの後、鶏達の餌もここからすくっていて、雑穀はもう残り少なかった。
ちょうど昨日ラスタが食べた分の二倍くらい――――――――「ラスタのごはん」二日分くらいが残っている。
今日と明日はこのままでよさそうだ。
ナギは蓋を閉め直そうとして、ちょっと考えて、ラスタが迷わないよう、目印に蓋を少しずらしておいた。
そして餌やり用の木匙と桶を納屋の隅から取り上げると、ナギはまだ手付かずの新しい甕の蓋を開けた。
◇ ◇ ◇
「ラスタ。気を付けてね。」
目印のことを伝え、人間や他の動物に注意するように話し終えると、少年は手の上の小さな竜にそう言葉をかけた。
今日は二人は干し草の納屋には行かず、初めて牛小屋で分かれることにしていた。
少年の言葉に、黒竜が神妙に頷く。
「行って来ます。」
ナギが「約束の言葉」を告げる。小さな竜は、少年のその手からふわりと舞い上がった。
◇
客人も自分達の御者や従者を連れているので、他家の馬の世話を丸投げされることはあまりない。
それでも今日の馬小屋はいつもよりちょっとだけ大変だろう。
ハンネスの妻候補らしい客人は、複数の騎乗した従者を従え、三台の馬車を連ねてやって来ている。今日の小屋には、その馬達も繋がれている筈だから。
裏庭に出ると、今日は庭師だけでなく数人の使用人達の姿もそこに見かけた。
客側の御者か従者だろう。馬小屋にも人が出入りしているのが見える。
早朝から外をうろつく人間が、普段よりだいぶ多い。
数日の間は気を抜けないと思う。
◇
やはりいつもより馬小屋に時間が掛かってしまい、少年がお腹が痛くなる程の空腹感を抱えて勝手口の戸を開けると、台所は朝から戦場のように殺伐としていた。
ミルに目を向けると、彼女も疲れ切った表情をしている。
青白い顔で、それでも少女は微笑んでくれた。
ほとんど寝られていないんじゃないのか。
体が完全に健康とは言えない彼女のことが、ナギは堪らなく心配になった。




