66. その夜(3)
少年はまず、「ラスタのごはん」を確認しに行った。
干し草で作った壁の後ろを覗き込むと、木の椀の中に、雑穀は少量残っているだけだった。
こんなに食べる量が変わるんだ―――――――――――――
昨日よりかなり多めに用意しておいたのに。
黒竜に必要な量がこれより増えたら、もう雑穀をくすねて賄うのは難しいと思う。
「ラスタのごはん」問題は、今目の前にある一番の心配ごとだった。
ラスタの「消える力」を使って、なんとか食べ物を安全に確保する方法はないだろうか。
早急に考えなければいけないことだ。
今のラスタはおそらく、館の食品庫にだって侵入出来るとは思う。
でもどこにでも入って行って、なんでも好きなだけ食べさせるようなやり方はまずいだろう。食べた物や量によっては、すぐに発覚しかねないと思う。
それに館の食品庫ならばともかくとして、他の場所から食料を盗って来るようなことはさせたくない。
食べていい物と駄目な物を、どうやってラスタに教えたらいいんだろう。
今夜考えられるだけ考えよう。
小さな竜が一体どこへ出掛けて行ったのか今すぐにでも訊きたかったけど、視界がある間に確認しておきたいことは、もう一つある。
ひとしきり干し草の山の周りを回ったり納屋の壁際を歩いたりした末に、ナギは肩の上の相棒に手を差し伸ばした。
「―――――――――――――ラスタ。」
自分の胸の前に両手を寄せて、少年はその上に移動した竜を見つめた。
「――――――――――――ラスタはどこでトイレしてるの?」
小さな竜はぱちぱちと瞬きした。
そして翼を広げて、小首を傾げた。
「…………。」
このポーズ結局どういう意味なんだ………。
もしかしたら糞も大きくなっていて、今度こそ見つけられるのではないかと思ったのだが、三カ月越しの懸念事項は、この日も解決しなかった。
◇
夕方に放牧地から帰って来た牛は、一頭数を減らしていた。
雄の仔牛が屠られたようだった。
牛も仔を産まなければ乳が出ないので、牝牛は順繰りに、計画的に出産させられている。
こういう時には雄の仔牛か、一番年いった牝牛が屠られるのが常だった。
一頭を捌けば大量の肉を得られるので、それはナギや使用人達の口にも入る。
三年牛小屋で寝起きしているが、だからナギは、牛にはあまり思い入れを持たないようにしている。
ヴァルーダ人にとっては、異国人は家畜と同じなのだとよく思う。
小屋に入る前に見た館は、他に人家もない暗く広い場所で、今日は眩しい程に輝いていた。
暗闇から見つめる少年には、その館は何か現実の物とは思えなかった。
あの中にミルがいると考えると、胸が苦しくなる。
少しでも早く、彼女をあそこから逃がしたいと思う。
ナギは膝の上のラスタを見つめた。
青い瞳が悪戯っぽく少年を見つめ返している。
一回り大きくなった分だけ、伝説の竜は昨日より温かかった。
その温もりに心まで温かくなって、少年は小さな竜に微笑んだ。
それからラスタが今日出掛けて行った場所を、ナギは可能な限り知ろうとした。
ラスタの行動能力や情報量次第で、これから出来ることは変わるだろうからだ。
とは言え、「うん」と「いいえ」でしかラスタは答えられないから、ほとんど当てっこゲームだ。
ナギが「僕の近くにいた?」と尋ねるとラスタは頷いたが、「ずっと?」と尋ねると首を横に振った。
質問を重ねて、ラスタが館の中に入ったり、ミルを見たりしたことも分かった。だがどちらも「ずっと」ではなかったらしい。
考えられる行き先を少年は次々と挙げてみたが、「村」と「森」はハズレだった。
あとは―――――――――――――――――――――
頭を悩ませた時、ラスタの小さな手が北西の方向を差した。
その方角は―――――――――――――――――
「―――――――――――――――丘?」
小さな竜はちょっと首を傾げて、それから曖昧な様子で頷いた。
微妙な反応だ。
ラスタが話せれば、と思う。
牛小屋の中が真っ暗になってからも、少しの間当てっこゲームは続いたが、なかなか全ては分からなかった。
眠ってしまうまで色々考えよう。
「寝ようか」と少年が尋ねると、暗闇で、青く煌めく瞳が頷いた。
一度ナギの膝から飛び降りた小さな竜は、少年が横になるととたとたと歩み寄って来て、当たり前のようにその胸の上で丸くなった。




