58. ラスタの成長(4)
◇
もう一度ラスタに姿を消して貰ってから、ナギは牛小屋の扉を開けた。
冷気が吹き付ける。東の空はもう白み始めていた。
一度確かめたのにも拘わらず、それでも不安になる程、ラスタの気配は、一切なかった。
歩き出すと、ナギを奇妙な感覚が襲った。
まるでラスタが生まれる前に戻ったようだ。
言葉も通じぬ国で鎖に繋がれ、夜明け前の道をたった一人で歩いて来た三年。
その頃の孤独と絶望が急激に心に甦り、自分がどれだけラスタの存在に満たされていたのか、今更に気付いた。
小さな竜は、そこにいることが信じられない程、完全に消えていた。
鼓動が速くなり、息が苦しくなるのを感じる。
ラスタはちゃんといる。分かっているのに。
じゃらっ、じゃらっ……
鎖の音や、忙しい鶏達の羽音が今日はやけに耳障りに響く。
この三カ月、胸許のラスタに意識が向いていたから、こんな音がしていたことも、ずっと忘れていた。
煉瓦の納屋の前で立ち止まり、ナギは二つの木桶を地面に置いた。
雑穀をくすねていることは絶対に気付かれてはならなかったから、「ラスタのごはん」の確保は館の人間が起き出す前の、朝一でしなければならないことだった。
ナギは身を屈めると、左の桶の中から椀を取り出した。
まず木の椀を納屋に置いてから井戸に向かい、一回目の水を汲み上げた戻り道に「ごはん」を椀にすくって帰るのが、ラスタが生まれてから出来た朝のルーティンになっていた。
だけどこれも、もうすぐ難しくなってくる。
春が近付くとともに、麦畑は忙しくなる。その時期には館の人間や村人達も、早い時間から動き出すことがあったのだ。
ナギが朝の水を汲み上げるこの時間に、外に人がいることがあるのだ。
その時期をどうやって乗り切ればいいのか、ナギはまだ考え付いていなかった。
でもラスタが姿を消すことが出来るのなら、何か方法を見つけられるかもしれない。
そう思いながら高床式の納屋の戸を開けて――――――――――――
「うわっ??!!」
思わずナギは飛び退った。
えっ?!
心臓がばくばくする。
死ぬ程びっくりした。
―――――――――――――扉の中に、自分を待っていた存在がいたから。
ラスタ?!!
煉瓦の納屋の入り口で、小さな竜がこちらを向いて座っていた。
「えっ……」
今何が起きたんだろう?
ラスタは自分が扉を開けた瞬間に、中に入ったんだろうか。
それとも――――――――――――――――――――
ナギは慌てて館の方に目を走らせた。叫んだのは、まずかった。
誰もこちらを見ていないことを確認してから、少年は急いでラスタに目を戻した。
ここで悪戯を仕掛けるなんて、と小さな竜を叱りたくなったが、悪戯ではないのかもしれない、とも思えた。
青い瞳はナギをじっと見上げていて、自分をからかっているようには見えなかった。
何かを伝えようとしている?
ラスタが喋ることが出来ないのが、もどかしい。
まだ胸がどきどきしていたが、自分の気持ちが落ち着くのを待っていることも出来ない。
掠れる声で、ナギは尋ねた。
「ラスタ――――――――今―――――――――戸が開く前から中にいた?」
小さな竜は、こっくりと頷いた。
数秒、ナギは言葉も出なかった。
超常の力――――――――――――――――――――――――
ラスタは、「ただ消えている」のですらないのかもしれない。
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