56. ラスタの成長(2)
息を殺すようにして、ナギはラスタが消えた宙を見つめた。
消えた。目の前で。
「――――――――――――――――ラスタ?」
夜明け前の冷え冷えとした小屋。
何もない空間に呼びかけるナギの声は、強張っていた。
呼吸が苦しくなるのを感じながら、少年は宙を見つめ続けた。
ラスタの姿は消えたままだ。
どう考えればいいのか分からなかった。
ラスタはすぐにまた、姿を現してくれるのだろうか。
それとも。
ぽんっ。
「うわあっ!!」
飛び退った足元で鎖が跳ね、少年は転びそうになった。
ナギはすんでの所で、踏み堪えた。
心臓が止まりそうになった。
小さな竜が再び突然現れたのは、ナギの目の前だった。
「………!」
言葉が出ないナギの前で、ラスタはもう一度高く飛び上がった。
そしてくるりと旋回する。
誘われるように、ナギは両手を伸ばした――――――――――――いつもと同じように。
そうして飛び戻って来た竜は、ナギの手にふわりと降りた。
ナギがラスタの超常の力を、初めて見た瞬間だった。
手にずしりと重みを感じた。
客観的に評するならばまだ小鳥程の重さでしかなかったが、これまでのラスタはほとんど重さを感じさせなかったから、それはナギを驚かせた。
小鳥の雛のサイズから、成鳥のサイズへ。
体が大きくなった分だけ、ちゃんと重さも増えるのだ。
ナギの手に乗った美しい黒い竜は、青く輝く瞳で少年を見つめていた。
「――――――――――――――――ラスタ?」
竜人が見せた、初めての成長。
胸が一杯になる。
息が苦しくて、声を絞り出すようにしてナギは相棒の名を呼んだ。
黒い竜は甘えるように、ナギの腕に自分の頭を擦りつけた。
ラスタだ。
これまでと変わらない。
「――――――――――――姿が消せるの?」
そっと少年が尋ねると、目を上げた小さな竜は、楽しげな表情で頷いた。
「……………」
状況が変わった。
他に何が出来るんだろう。
食べる物は変わるんだろうか。
疑問や懸念が、幾つも少年の頭に浮かぶ。
また出来得る限りたくさんのことを、この朝の短い時間で探り出し、対応しなければならないのだろう。
もう水を汲みに行かなくては。
翼を広げたラスタが、ナギの右肩に飛び移る。
少年は、自分の顔のすぐ横に来た竜を見つめた。
早くミルにも、このことを伝えたい。
少女のことを思った。
ほんの少し、前進したことを彼女にも知らせたい。
ナギの気持ちは逸ったが、いつ少女と話せるかは分からなかった。
顔だけはほとんど毎日見ることが出来たが、ナギとミルが言葉を交わせる機会は滅多にない。
二人はいつも、瞳と瞳を見交わすだけだった。
と。
その時ラスタが甘噛みするように、ナギの肩を突っついた。
「痛っ……!」
少年の口から、これまでにない悲鳴が上がった。
自分でも予想しなかったようで、ラスタがびっくりした表情をする。
ラスタの力が、今までと違った。
「ラスタ………痛いよ?」
黒い竜は目をぱちくりさせ――――――――――――それから自分の右手を上げて、その手の鉤爪を見やった。
いや、そっちも多分、痛いから。
「手にしようか」とでも思っている風のラスタに、ナギはちょっとだけ、慄いた。
少年が手を寄せると、ラスタは嬉しそうに、またそちらに飛び移った。
――――――――――――――とうとう状況が動いた。
最初に何から手を付けるべきだろうか。
ナギの胸に、たくさんの期待と不安が溢れる。
まだ人間にはならないんだろうか。それも分からなかった。
でも最初はやっぱり、こう言うべきなんじゃないだろうか。
手の上の輝くような青い瞳を、ナギは見つめた。
「………おめでとう。」
少年がそう言うと、煌めく瞳で、小さな竜は得意げに胸を張った。
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