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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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53. ミルの行き先(2)

 小さなティーカップのような二つの台の上には、火が灯されていないろうそくが一本ずつ挿されている。

 ミルが渡されたのは、あとわずかで溶け切るだろう、ちびたろうそくが挿さっている方だった。



「持つんですね……?」



 言葉が通じないのは分かっているのだが、無言でやり取りし続けるのが奇妙で、つい尋ねてしまう。

 老婆は何も応えず、そのろうそく台をミルに持たせると腰を屈めた。そして血の気のない皺だらけの手で、そこに置かれていた鉄枷を拾い上げた。


 手振りで「足を出せ」と促され、ミルは黙って、右足を半歩前に出した。


 老婆の手で鉄の紐が再びかしゃん、と嵌められた時、その冷たさに、少女は心が冷えていくかのように感じた。


 ミルの髪はまだ濡れていて、肩に掛けたタオルの上には、水滴がぽたぽたと落ち続けていた。


 少女の奴隷に足枷をはめた老婆は立ち上がると、やはり黙ったまま視線と顔だけで扉を示して、先に立って歩き出した。


 急いでしゃがんでろうそく台を床に置いたミルは、老女が扉を開ける前に、なんとか最後のボタンを留め終えた。



 不自由な足に、更に重りを付けられているミルの動きは遅い。だが老いた女中は、ミルを待たなかった。


 じゃらっ……じゃらっ……


 鎖が嵌められた足を引き摺り、ミルは老女を追った。


 少女が扉に辿り着きその外を覗くと、老女中は既に、廊下を先に行っていた。



 「急がなきゃ」と、女中を追うことに一瞬意識が集中したミルが、自分達が女中部屋と逆の方向に向かっていると気が付いたのは、一歩目を踏み出してからだった。



  もう部屋から出されるのかもしれない。



 着ていたヤナの服以外、何も持っていないミルの移動は本当に「身一つ」だから、いつでも動けると言えば動ける。



 心の準備もさせて貰えなかったのかもしれない。



 事前に、何も聞かされていなかった。



 精一杯急いで老女のすぐ後ろに追い着くと、少女は手の中の、費えかけのろうそくを見つめた。


 外はまだ真っ暗ではなかったけれど、館の壁付けの燭台にはもう火が灯されていて、ぼんやりと、等間隔に廊下を照らしている。


 外か、館の中の普段使われていない場所か、多分、明かりが灯されていない場所へ行くのだろう。



 じゃらっ……じゃらっ……。



 薄暗い館の中で、無言の老婆の後ろを、無言の少女が足を引き摺りながら歩く。



  どこへ行くんだろう。



 牛小屋だったらいいのに、とは思った。


 ナギと同じ場所にいられれば、二人で支え合うことが出来るのに。

 でもさすがに男女を一緒にはしないのかもしれない。


 数人の女中が通り過ぎて行った。

 老女に連れられて、女中部屋と反対方向に歩いて行くミルに、誰も何も言わなかった。



 館の北から南へ、方角的にはミルは台所の方へ向かっていた。


 やっぱり家畜小屋に行くんだろうか。牛小屋の他に馬小屋もあることは、ナギから聞いて知っていた。



 やがてミルは、玄関ホールに出た。

 玄関のシャンデリアは日頃は灯されないようで、ここでも明かりは、ぼんやりとした壁のろうそくだけだった。



 玄関ホールを横切って、老女中はさらに南へと少しだけ進んだ。

 そこでようやく、女中は立ち止まった。


 そこは、両開きの扉の前だった。

 扉の両脇に壁付けの燭台があり、四本のろうそくに火が灯されている。


 何も言わずに、手に持つろうそく台を燭台に近付けると、老婆はそこから火を移した。黙って促され、ミルも同じようにした。

 ミルのろうそくに火が点くと、老女中は無言でその扉を開けた。



 中はひどく暗かった。


 これまで毎日、ほぼ女中部屋と台所を往復していただけのミルは、館のどこにどんな部屋があるのかまだ知らない。この扉の中を見るのも、だから初めてだった。


 火をかざしながら、老女が中に入って行く。

 ミルも後ろに続くと、扉の中は部屋ではなくて、短い廊下だった。

 突き当りに、壁の裂け目のような縦に細長い窓が二つ見える。その外はまだわずかに明るかったが屋内を照らせる程ではなく、廊下は、真っ暗に近かった。


 老女がかざす火の中で、扉が二つ、左側にぼうっと浮かび上がる。


 ここは多分、ほとんど使われていないのだろう、とミルは思った。

 空気が冷え切っている。



 老婆が振り返り、黙ってミルの後ろの扉を指差した。

 「閉めろ」ということらしい。


 少しだけ、ミルはひるんだ。

 ここを閉めるとこの闇を照らすのは、二本の小さなろうそくだけになってしまう。

 だが少女は、何も言わずに従った。



 闇が落ちる。



 何も喋らず、老女は更に奥へと進んだ。

 小さな二つの火が揺らめき、闇の中の二つの扉を照らす。



 手前の扉と奥の扉は、随分と違っていた。


 手前の扉は、大きな両開きで、重厚な造りをしている。

 だが奥の扉は、素っ気ないくらいに簡素な一枚扉だった。使用人部屋の扉程ではなかったが、標準よりもおそらく小さい。



 その粗末で、小さい方の扉を老女は開けた。



 開けられた扉の中の光景に息を飲み、ミルは立ちすくんだ。


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