52. ミルの行き先
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「地下室……⁈」
青白い顔で微笑むと、ミルは小さく頷いた。
ナギの声と表情が動揺するのを見咎めた女中が、少年を睨み付ける。ナギは慌てて、自分の顔から感情を消した。
「明かりは。」
「ろうそくが。」
台所の竈の前で、ミルは暖炉や竈から、灰を掻き出して集めて回る手順の説明を受けていた。
その通訳をさせられながら、ナギは自分の言葉を織り交ぜ、ミルと途切れ途切れの会話を交わしていた。
微笑を浮かべながら応えたミルの言葉に、ナギは目を瞠った。
本当だろうか。
館の人間が、貴重なろうそくを奴隷に与えるだろうか。
そう思った。
この館に地下室があったことを、ナギはこの時に初めて知った。
地下―――――――――――――――――――――
朝が来たことすら分からないのではないか。
もしかしたら、家畜小屋の方がましかもしれない。
少なくとも家畜小屋は、朝になれば光が差すし、館の人間からも離れられた。
使用人部屋より、家畜小屋より悪いかもしれない。
これから先のことを想像し、ナギは胸が苦しくなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きな盥に溜めた湯を木桶ですくい、ミルは自分の体を流した。
ずっと薬草を処方してくれていた老女中が、無言で横に立っている。
服を着ている人間にじっと見られながら体を洗うのは落ち着かない思いがしたが、「出て行ってほしい」とか、自分が願いを口にすることは許されないのだろう。
上半身のほとんどを包帯で覆われていたから、これまで二、三日に一度のペースで、濡れタオルで体を拭かせて貰っていただけだった。
重い鉄の枷を外して貰い、温かいお湯で体を洗うと、何か緊張の糸が切れたようになって、ミルはこの時、泣きそうになった。
右肩から右足の太腿にかけて刻まれた真っ直ぐな線は、今は薄茶色に変色している。
この痕は、いつか消えるのだろうか。
それとも残る?
分からなかった。
老婆が何か言った。
この年老いた女中はいつもひどく無口だ。ヴァルーダ語が分からないミルとだけでなく、館の他の人間ともほとんど喋ることがない。口を開くのは、何か用がある時だけだ。
見ると、老婆は両手をこちらに突き出すようにして、タオルと服を差し出していた。
もう沐浴を終えろと言うのだろう。
また鎖を嵌められる。
俄かに緊張が甦ったが、もちろん、拒否することなど出来ない。
ミルは無言で体を拭き、渡された服を着た。
この服は、どこから持って来られたのだろう。
洗い替え用に、ミルにはヴァルーダ人の服が一着用意された。
古着のようだ。
ミルには少し大きかったが、ちゃんと子供用のサイズで、引き摺る程ではなかった。
元の色は黒だったのか、紺だったのか、色がさめた黒っぽいドレスは上下ひと繋ぎの形で、首許から裾までボタンで留めるようになっていた。
ヤナ人のミルはボタンに馴染みがなくて、それを着るのにかなり苦労した。
まだ一番下のボタンを留められていないのに、老女中がまた何かを突き出して来る。
ずっと気になっていたのだが、女中はなぜか真鍮製のろうそく台を、左右の手に一つずつ持っていた。
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