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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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51. 少年と少女と竜(4)

 女性が奴隷になると、男よりもむごい目に遭うのかもしれない。


 奴隷狩りに遭った時、12歳だったナギがそんなことに思い至ったのは、ここに売られてしばらくってからだった。



  あの時山に、妹を一緒に連れて行ったりしなくて、本当に良かった。



 その時にはそう思い、そして少しだけ気持ちが慰められた。



  でもミルは。



 考えると心臓が掴まれるように胸が苦しくなって、暗闇の中、ナギは抱えた自分の膝を握る手に力を籠めた。



 自分やミルは、ここでは人間として扱われない。

 ブワイエ一家が自分達に何をしようと、それを咎める存在ものはいないのだ。


「――――――――――――――――――――――」


 まだ子供で、大怪我をしていたミルは、そういう対象に見られていないかもしれない。でも年月が経てば、どうなるか分からなかった。



 少年は小さな竜の方を見やった。

 そこにいる筈の竜の姿は、もうほとんど見えていない。


「…………ラスタ。」


 名前を呼んでみる。

 だがラスタは目を開けてくれなかった。



  本当にどうしたのだろう。



 戸惑いながら、ナギはただ暗闇を見つめた。



 ミルに希望を持ってほしかったけれど、彼女にラスタのことを告げたことが正解だったのか、ナギは自信が持てなかった。


  今のまま、ラスタを隠し通せるとは思えない。


 ようやく見えた小さな希望が失われれば、その時に感じる絶望は、きっとより大きくなってしまう。

 ただ今日を逃せば、ミルに秘密を伝える機会は二度と巡ってこないかもしれなかった。



「………ラスタ。」



  ラスタが自分の願いを叶える必要など、ない。


 そう思っている。


 でも春が来て麦畑が忙しくなれば、今のままではラスタを隠し通せない。

 結局獣人が持つという超常の力しか、希望を繋ぐ術はないのだろう。


 そしてもしラスタがその力で自分達を助けてくれると言うのなら、それは多分、自分や、ミルや、仲間達が見出すことの出来る、ほとんど唯一の光だ。



たっ!」


 手を出したらまた突つかれた。

 本当にどうしてしまったのだろう。


「ラスタ?もう寝るよ?」


 本格的に困惑しながら、ナギは小さな相棒に声をかけた。

 だがラスタは反応しなかった。牛小屋の中はもう真っ暗で、目を開けてくれないと、ラスタが本当にそこにいるのかも分からない。



「――――――――――――――――――――」




 これはもしかして、何か「親離れ」みたいなことなんだろうか。




 思わぬ程にナギは動揺した。

 一カ月以上、ずっとくっついて寝ていたのだ。喪失感に近い寂しさを感じた。



  いや、だけどこれはいいことの筈だ。



 どんなに言い聞かせても聞かなかったラスタが、ようやく離れて寝ようとしているのだから―――――――理由はなんであれ、ラスタの安全のためにはこの方がいい筈だ。



  これはいいことだ。



 ナギは自分に言い聞かせ――――――――――――

 そして暗闇に向かって「おやすみ」と声をかけた。



 わらの中に身を沈めると、少年は自分の胸の上に手を当てた。

 ラスタが生まれた日から、ずっと夜はここにいたのに。



  ―――――――――――――――――寒い。


「――――――――――――――――――寒い。」



 無意識に、声に出た。



  と。



 小さな竜が動いたような気配を感じて、ナギはそちらに視線を向けた。



  えっ。



 ラスタが首を起こしてこちらを見ている。



 たっ、たっ。



 そして床を蹴る音がした。

 青い瞳が近付いて来る。



  いや、大丈夫、寒くない――――――――――――――



 少年は慌てたが、「親離れ」と決め付けていた訳でもないので、そう言うべきなのか分からなかった。

 あれよあれよと言う間に、ラスタは就寝時の定位置に飛び乗った。


「ラスタ⁈」


 少年とラスタのが合った。


 一瞬だけナギを見つめて、それからラスタはふんっ、とでも言うように左上を振り仰ぎ――――――――――――そしてナギの胸の上で丸くなった。



  もしかして親離れの邪魔をした?もしかしてただ機嫌が悪かった?



 ナギはちょっとだけパニックになったが、正直なことを言えば、嬉しかった。



「おやすみ。」



 そっと声をかける。



  やっぱり、温かい。





 ナギがミルの行き先を知ることになったのは、この数日後のことだった。


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