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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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05. 奴隷の少年と少女

 ナギの足は、もう動きかけていた。


 だがその瞬間、自分が死んだあとに一人でここに残される少女の未来が頭をよぎった。



 すんでの所で、ナギは自分を押しとどめた。



 同じ国の、同じ言葉が通じる人間がいることがどれ程の助けと慰めになるか、自分が一番分かっている。




「――――――――――――――名前はミルで、13歳と言ってます。」


 怒りと屈辱は体の芯を焼いたが、ナギは噛み殺した。


 少年の言葉を聴いたヘルネスはふんと低く鼻を鳴らしながら頷き、次の瞬間、こぶしでナギの左頬を殴りつけた。



 ナギの体が吹っ飛び、ミルが悲鳴を上げる。



 目の前がちかちかする。


 ナギはすぐには起きられなかった。



「金を用意する。ここで待ってろ。」


 どんよりとした目をした領主は頭領にそう告げるときびすを返し、館に入って行った。

 彼の家族がだらだらとした足取りで家長に続く。


 領主の一家も、奴隷商人の男達も、皆何ごともなかったかのように、倒れたナギに、一瞥いちべつもくれることはなかった。




 ずっと倒れていても惨めなだけだ。



 体は一瞬だけショック状態にあったが、四肢に力が入ることを確認しながら、ナギはゆっくりと起き上がった。


 すると頭領の男が、ちらりとだけナギに視線を走らせた。


 そして嘲笑うようにひとちた。



「背が伸びたもんだ。」



 体内で怒りが燃え上がった。


 だが大きく踏み出そうとした少年のその動きを、鉄の枷が許さなかった。


 両足の間で鋼鉄の縄がぴんと張り、もんどりうって、ナギは再び倒れた。


 ミルが息を飲む。

 頭領は冷ややかにナギを見下ろし、奴隷狩りの男達の中からは失笑が漏れた。



  くそっ!


  この鎖がなければ!



 指の先が掠めるだけでもいい。

 十倍の力で殴り返されるとしても、この悪魔に一矢報いたいのに。


 悔しさで歯を喰いしばる。


 だが戦い慣れしている相手に足枷を嵌めたまま立ち向かうのは、無謀だった。


 分かってはいたが、改めて思い知らされる。


 頭領はナギときちんと距離を取っていた。


 ナギが足の鎖を武器に使うことを思い付く前に、男はもう、必要な間合いを割り出していた。



 唇を引き結び、再び起き上がろうとした時、ミルが横にやって来て手を貸してくれた。



 今までで一番近くで、二人は顔を合わせた。



 ヴァルーダ語が分からない少女には、少年が二度も地面に倒れることになった経緯いきさつがよく分からなかった。

 だが少年は、二度ともヴァルーダ人に逆らおうとしたように見えた。


 奴隷狩りの男達はわらっていたが、少女はこの時、全く違う感情を抱いた。



  彼は誇りを失ってはいないのだ。



 そう感じて、ミルは心を深く動かされていた。



 体を起こそうとするナギの背を、ミルの手が支える。




 三年の間味わうことがなかった、誰かの優しい手が触れる感覚。




 思いも掛けないことだった。




 手が触れた、ただそれだけだったのに。この瞬間、ナギの魂は強く揺さぶられた。




 ヤナ人特有の、黒い髪と瞳。少女の丸っこい大きな目と濃い睫毛が、少年の記憶深くに刻まれる。

 



 この国で、ナギとミルは二人きりだった。





 ミルは素肌に上着を羽織り直していたが、帯や紐を締め直していないので、少し動いただけで、胸が見えそうになっていた。


 立ち上がったナギは黙ってミルの両襟を持つと、深く閉じ直してやった。


 少し驚いた表情で、ミルがこちらを見上げる。

 自分の姿を気にかけてくれる人がいるなど、そんな人間的な期待は、彼女ももう、失いかけていた。


 そしてこの時も、ミルは少年の誇りを感じた。



「―――――――――――――――僕はナギだよ。」




 少女はちょっとだけ目を見開き―――――――――――――――

 それからナギの胸に額を寄せて、彼女は静かに泣いた。





◇ ◇ ◇


 あの馬車の中にはほかに何人乗っていたのだろう。



 奴隷商人達は金を受け取ると去って行った。



 仲間の行方や、故郷への帰り道や、手掛かりを知っている存在が遠ざかって行くのを見た時、ナギは胸が痛かった。


 三年ぶりに予定外にやって来た様子だった奴隷商人達の姿は、もしかしたら二度と見ることがないのかもしれない。





 ナギがここで三年を過ごしていると知った時、ミルの顔には絶望と覚悟の両方が同時に浮かんでいた。




「――――――――――――――わたしたち、もう帰れないの?」


 呟くように小さな声で、ミルは尋ねた。

 それは三年の間、ナギの中でも何度も浮かんだ問いだった。



「―――――――――――――――いつか帰ろう。」



 微かに目をみはるようにして、少女は少年を見上げた。




 ぼんやりとした言葉は、ただの願望に聞こえた。



 だが希望がなければ、生きられなかった。




 共に生きる未来を誓うように、ナギとミルは約束を交わした。





            いつか帰ろう。




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