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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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47. 竜の納屋とわずかな機会

 駆け寄るようにして、ナギはミルの許に向かった。

 走ることは出来ないから、精一杯の速足だ。


「ナギ……!」

「ミル!」


 ミルは卵を入れるためのバスケットと、野菜屑の入った木桶を持たされていた。


 ミルがどうしてここにいるのか理解して、ナギは心底からジェイコブに腹を立てた。


 やっと大怪我が癒えようとしているミルを、なぜ冷たい雨に当てるんだ、と思う。

 二度も大問題になったのに、懲りずに卵の回収を他人ひとに押し付けられる感覚も、理解し難かった。



 でも今、得難い機会を手にしたのかもしれない。


 二人は初めて、完全に自由に話せるのだ。



 ミルの手から野菜屑の桶を取ると、ナギはバスケットの中からは小さな鍵を摘まみ上げた。そして空にしたそれを逆さに持つよう、ミルに促した。


「これを傘にして。」

「でもナギが。」


 ミルが目一杯に手を伸ばしてナギも「傘」に入れようとするので、ナギは微笑わらって、自分は桶を頭上にかざした。頭の上に野菜屑の入った桶をかざすなんて、かっこよくはないのだろうが、今ミルに濡れたり背伸びしたりしてほしくない。


「体は大丈夫?」


 少年が尋ねると、少しだけ固い表情で、ミルは無言でうなずいた。


 「うん」と元気良くは、ミルは言えなかった。

 自分の足や手はもう治らないのだろうと、ミルも分かっていた。


 うなずいたのは、ただ「日常生活に戻れる体調」という意味だ。

 これから始まる「日常」がどんなものであるのかは、まだ分からなかったけれど。


 ミルのうなずきが「回復」を意味しないことは、ナギも分かっていた。その日がおそらく、もう来ないのであろうことも。


 何も言わずに、少年もただ少女に頷き返した。それからナギは、館の方へと視線を走らせた。


 見える範囲の全ての窓を確認する。


 誰も見ていない。

 だけど長い時間はとれないだろう。



 二人は一緒に、急いで家畜小屋への木戸を入った。


 その木戸をミルが入るのは、初めてだった。



 目に映ったその光景に、心の中で、ミルは微かに震えた。



 家畜の臭い。鶏の羽音と、鳴き声。



 ナギはずっとここにいたのだと思った。



 ナギの居場所が牛小屋であることは、ミルも既に聞かされていた。



 と。



「ミル。話しておきたいことがあるんだ。」



 ミルが少年を見上げると、ナギはひどく真剣な表情かおをしていた。




 ずっとミルにだけは、ラスタのことを話しておきたいと思っていた。


 でも「吹きこぼれないように鍋を見張れ」とか、「服から糸を引き抜いてまとめておけ」とかいう話の途中で、「竜人の卵をかえした」などという言葉を差し挟んで、信じて貰えるとは到底思えなかった。


 もう一度周囲を見廻してから、ナギは干し草の納屋の扉を開けた。


 昼間にここに来るのは、ナギも初めてだった。


 ミルの姿を見る前に、今ならラスタの様子を見に行けんじゃないか、と考えてはいた。でも他人ひとに目撃される危険性とはかりにかけ、ナギは迷っていた。



 だけど今は、ミルにラスタのことを伝えられる千載一遇のチャンスだ。



 足を鎖で繋がれた少年と少女は、静かに、滑り込むようにしてその扉を入った。


読んで下さっている方、読んで下さった方、本当にありがとうございます!


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