47. 竜の納屋とわずかな機会
駆け寄るようにして、ナギはミルの許に向かった。
走ることは出来ないから、精一杯の速足だ。
「ナギ……!」
「ミル!」
ミルは卵を入れるためのバスケットと、野菜屑の入った木桶を持たされていた。
ミルがどうしてここにいるのか理解して、ナギは心底からジェイコブに腹を立てた。
やっと大怪我が癒えようとしているミルを、なぜ冷たい雨に当てるんだ、と思う。
二度も大問題になったのに、懲りずに卵の回収を他人に押し付けられる感覚も、理解し難かった。
でも今、得難い機会を手にしたのかもしれない。
二人は初めて、完全に自由に話せるのだ。
ミルの手から野菜屑の桶を取ると、ナギはバスケットの中からは小さな鍵を摘まみ上げた。そして空にしたそれを逆さに持つよう、ミルに促した。
「これを傘にして。」
「でもナギが。」
ミルが目一杯に手を伸ばしてナギも「傘」に入れようとするので、ナギは微笑って、自分は桶を頭上にかざした。頭の上に野菜屑の入った桶をかざすなんて、かっこよくはないのだろうが、今ミルに濡れたり背伸びしたりしてほしくない。
「体は大丈夫?」
少年が尋ねると、少しだけ固い表情で、ミルは無言で頷いた。
「うん」と元気良くは、ミルは言えなかった。
自分の足や手はもう治らないのだろうと、ミルも分かっていた。
頷いたのは、ただ「日常生活に戻れる体調」という意味だ。
これから始まる「日常」がどんなものであるのかは、まだ分からなかったけれど。
ミルの頷きが「回復」を意味しないことは、ナギも分かっていた。その日がおそらく、もう来ないのであろうことも。
何も言わずに、少年もただ少女に頷き返した。それからナギは、館の方へと視線を走らせた。
見える範囲の全ての窓を確認する。
誰も見ていない。
だけど長い時間はとれないだろう。
二人は一緒に、急いで家畜小屋への木戸を入った。
その木戸をミルが入るのは、初めてだった。
目に映ったその光景に、心の中で、ミルは微かに震えた。
家畜の臭い。鶏の羽音と、鳴き声。
ナギはずっとここにいたのだと思った。
ナギの居場所が牛小屋であることは、ミルも既に聞かされていた。
と。
「ミル。話しておきたいことがあるんだ。」
ミルが少年を見上げると、ナギはひどく真剣な表情をしていた。
◇
ずっとミルにだけは、ラスタのことを話しておきたいと思っていた。
でも「吹きこぼれないように鍋を見張れ」とか、「服から糸を引き抜いてまとめておけ」とかいう話の途中で、「竜人の卵をかえした」などという言葉を差し挟んで、信じて貰えるとは到底思えなかった。
もう一度周囲を見廻してから、ナギは干し草の納屋の扉を開けた。
昼間にここに来るのは、ナギも初めてだった。
ミルの姿を見る前に、今ならラスタの様子を見に行けんじゃないか、と考えてはいた。でも他人に目撃される危険性と秤にかけ、ナギは迷っていた。
だけど今は、ミルにラスタのことを伝えられる千載一遇のチャンスだ。
足を鎖で繋がれた少年と少女は、静かに、滑り込むようにしてその扉を入った。
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