46. 雨の日の二人
◇ ◇ ◇
冷たい雨が、ぱらぱらと肌に落ちだした。
麦畑からは一斉に不平の声が上がった。
翌日の雲行きは朝から怪しかったので、「言わないこっちゃない」、とこぼす者もいた。
空を見上げると北の方が雲が濃くて、それがどんどん南下して来ている。
領民達は慌ただしく作業を仕舞いだした。
冬の冷たい雨に濡れれば、命に関わる風邪を引きかねない。
彼らの判断は、監督役の使用人が指示を出すより早かった。
昼休憩が済んでから、まだ間もない。
こんな時間に畑仕事が終わるのは、珍しいことだった。
ただしすぐに解散とはならなくて、それから領民達と館の使用人は、日当を一日分出すかどうかで揉めだした。
珍しい事態なだけに、きちんとした取り決めがないらしい。
「帰っていいですか。」
ナギは少しの間揉める大人達を見ていたが、すぐには決着しない様子にそう尋ねた。
日当を手にすることのないナギがここにいても、無駄に濡れてしまうだけだ。
領民達に詰め寄られながら、監督役の男が不快げに顎で館を指し示す。「さっさと行け」と言うことらしい。
館への道をナギは帰り出したが、こんな時、走ることが出来ないのは辛かった。
まだまだ小雨ではあったけど、それでも雨粒の量は数秒ごとに増えている。
途中で、走って館へ帰って行く使用人に追い抜かされた。
その背中をナギは無言で見送った。
農閑期や悪天候の時に、畑仕事が休みになることはたまにある。それでナギが休めることはなく、風呂掃除とか薪割とか、他の仕事をさせられるだけだった。
畑の方が、館の中よりはずっと居心地がいいから少し辛い。
振り返ると、領民達は畑の横の道を帰って行く所だった。
あの道を下って行った先に幾つかの村があるらしいが、どの村も、ナギは目にすらしたことがない。
ヴァルーダの村人達がどんな風に暮らしているのか、だからナギは知らないが、彼らも家に帰れば、家族がいるのだろう。
帰りたい。自分も。
ふいに故郷の家や家族の顔が胸に甦り、苦しくなる。
故郷の人間達は、いなくなった自分達のことをどれだけ案じているだろう。
ナギが冬に濡れて帰れば体を拭く布を出し、「火の傍に寄れ」と言い、家族はいつも、体を温めてくれていた。
いつか必ず、ヤナに帰る。
死んだ方がましかもしれないと幾度も思った三年、ナギを支えたのは、家族への思いだった。
重い足取りで館に辿り着いた時、思わぬ相手に出会って、少年は目を瞠った。
「ミル………?!」
門を入って来たナギの姿を見てミルも驚いたようだったが、その表情には嬉しさも混ざっていた。
冷たい雨の下で、館の前庭には今、二人の他に誰もいなかった。
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