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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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43. ナギと竜(3)

 干し草の上で、小さな竜はナギを見つめ返した。

 ナギの腰の高さ程の場所に静かに止まって、黒い竜は少年を見上げていた。


 これからまた長い時間を一人だけでここで過ごさなければならないと、竜が理解出来ているのかは分からなかった。

 小さな竜に辛い思いをさせてしまうが、今のナギには、ほかに採れる方法がない。


 「夕方に迎えに来るよ。」


 真剣な表情でナギがそう言いきかせると、黒竜は微かに身じろぎしたが、そこから飛び立とうとはしなかった。


 どんなに不安でも、もう行かなければならない。

 不安を口にし出せばきりがない。

 それ以上何かを言うことは避け、ナギはきびすを返した。


 だが扉に手を伸ばそうとした時、自分の背中をぱたぱたと追い掛けて来る羽音が聞こえて、少年は振り返った。



  やっぱり、言い聞かせて赤ちゃん竜を納得させるのは無理だろうか。



 どうすればいいのか分からなかった。

 この賢い竜に、昨日きのうと同じ手が通じるとも思えない。



 だがナギの目の前まで来た赤ちゃん竜は、そこで数回羽ばたくと、くるりと方向を変えて、少年から離れて行った。

 小さな竜は高く舞い上がり、干し草の山の頂上で止まった。


 そして昨日きのうの夜と同じように、黒い竜の青い瞳は、そこから静かに少年を見つめた。


 「待っている」、と言うように。



「行ってきます。」



 胸を詰まらせながらそう告げて、ナギは扉を開けた。



 ヤナ語のその言葉を口にした時、ナギの体の中に思わぬ程に感情が込み上げた。



 三年振りに口にした言葉だった。


 その言葉は、待ってくれている存在がある者が使う言葉だった。


 そして「ここに戻って来る」という、約束の言葉であるとも思った。




 だから、必ずここへ帰って来よう。





◇ ◇ ◇


 勝手口の扉を開けると、ミルの姿に出会った。

 少女はやはり根菜の皮剥きをさせられていた。



 休ませてやらなければならない体なのに、その時ミルに会えて嬉しいと思ってしまい、自分の矛盾にナギは少しだけ狼狽うろたえた。


 ナギの無事な姿を見て、少女はほっとした表情を浮かべていた。



 ジェイコブは今日も苛立たしげな目でナギを見た。料理人はまた乱暴に椀を盆上に置いたが、今朝は昨日きのう程酷くはなかった。


 ようやく食べられる、と少し安堵する。

 二日で二食しか食べていないナギの空腹感は、限界に近かった。



 朝食を手に取って物置きに向かいながら、ナギはミルの横を通った。

「おはよう」と、「ありがとう」を、少年は口の動きだけでミルに伝えた。

 微笑えがおでミルはうなずいていたが、少女は泣き出しそうな目をしていた。



 その表情かおを見た時、ナギは今日を迎えられた幸運を噛み締めた。



  ミルを一人にしたくない―――――――――――――



 心底からそう思った。




 竜が見つかってしまったら。

 人間の赤ちゃんの姿になってしまったら。




 昨日きのうと同じ危険は、今日も続いている。

 でも出来る限りのことを尽くして、自分は今日もあの場所に戻ろう。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 綱渡りのような毎日を続けて、そうしてひと月が経った。



 ミルの治療は終わろうとしていた。

 少女の体は、治ったとは言えなかった。


 おそらく足の鎖を外しても、彼女の足と手はもう元のようには動かないのだと思う。




 竜はまだ一度も、人間ひとの姿にはなっていなかった。


 沐浴の日でない時は、ナギはパンを一欠片(かけ)、服の中に隠して持って帰ったりした。

 竜人は人間ひとが食べるようなものなら、結構何でも食べるようだった。

 赤ちゃん竜は食べる量も少しずつ増えていたが、体のサイズや重さはひと月を経ても、だが全く変わらなかった。


 ナギは割と真剣に困っていたが、竜が排泄するところを彼は未だに見ておらず、その跡も未だに見つけることが出来ていなかった。


 超常の力のようなものも、まだ一度も見ていない。



 竜人の超常の力が発揮されれば、事態は変わるかもしれないと薄っすらと期待していたのだが、今のままでは毎日が危険な賭けのようだった。



 だがどんなに言い聞かせても自分にくっついて寝る小さな竜は、いつも寒く孤独だった冬の夜に、ナギを温かく、幸せな気持ちにしてくれた。






 ある日の夕方、竜を連れて牛小屋に戻って来たナギは、楽しそうに飛び回っている竜を見つめて、尋ねた。



「………名前を付けてもいい?」



 竜は数回旋回してからわらの布団の上に降りて来て、きょとんとした表情かおでナギを見つめた。



 ――――――――――――ずっと考えてはいた。



 でも黒竜がいつ見つけられてしまうか分からなかったし、「伝説級の存在」に、勝手にそんなことをしてもいいのかとも思っていた。


 だから今日まで竜には敢えて名前を付けずにいたのだが、やっぱり、名前がないのは不便だった。



「――――――――――――ずっと考えていたんだ。」



 ナギがそう言うと、竜はただじっと耳を傾けるかのような表情かおをした。





「―――――――――――――――――――――――ラスタ。」





 青い瞳が、ナギを見つめ返した。

 何を思っているのかは、分からなかった。



「ラスタ。」



 噛み締めるようにそう言って、ナギはラスタを呼ぶように、両手を差し伸べた。


 黒い竜はその手の中に飛び乗って、そこにすっぽりと納まると、甘えるように頭を擦りつけてきた。



 両手を胸に当てるようにして、ナギは小さな竜を抱き締めた。







 ラスタ。








             ヤナ語で光という意味だ。


第一章終


読んで下さった方、本当にありがとうございます。

第二章からいよいよ竜人の登場です。


来週はちょっと更新が滞り気味になると思いますが、再来週からは平常運転の予定です!

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