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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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41. ナギと竜

 空の灰色は濃くなっていた。もう沢山の星が見えている。


 あの星が読めれば自分の居場所が分かるのに、と少し思う。


 天文学どころか、12歳からナギが学ぶ機会は失われたままだ。

 失われた時間ときを思うと、いつも胸が痛かった。



 首許に竜を入れ、闇が落ちる直前に、滑り込むようにしてナギは牛小屋に戻った。


 問題を色々と積み残したままにしてしまったが、人間のナギが夜に活動するのは難しい――――――――――――もしかしたら竜は、闇の中でも見えるのかもしれないけれど。



 小屋の中は、もう視界がほとんどなかった。


 柵の向こうで、牛達が静かに鳴いている。

 今朝の出来事を彼らは覚えているのだろうか。牛達はわらの上に膝を折り眠ろうとしていたが、彼らもどことなく、そわそわして見えた。



 あと少しで何も見えなくなる。


 ナギは六段の梯子に足を掛け――――――――――――そして一段目で、固まった。



  ……足が上がらない―――――――――――――



 「乗り物」が動かなくなってしまったことに気が付いて、座席から、竜が乗り物兼運転手を見上げる。


 納屋の中で気付いていたが、竜のは、光るらしい。

 目を開けていてくれれば暗闇でも居場所が分かるな、とか考えながら、無言、無表情のまま、ナギは梯子を掴んでいた。



  あと五段――――――――――――――



 残りの段数を数えつつ、少年は完全に停止していた。


 数秒の間のあと、機能停止した乗り物から竜はもぞもぞと這い出した。

 そして羽を広げると、黒竜は舞い上がった。


 ぱたぱたぱた。


 「部屋」の高さに上がると、竜はぐるぐると飛び回った。



  励まされているような、早くしろと言われているような。



 無事の再会にほっとしたその途端、一日分の疲れが怒涛のようにナギに押し寄せていた。


 いつもの百倍は時間をかけて、ナギはなんとかその場所に辿り着いた。

 この時の少年の姿は、匍匐前進に近かった。

 床と向かい合いながらようやくゴールすると、小さな竜がぱたぱたと舞い降りて来て、ちょこん、と保護者の後頭部に止まった。



  …………ほとんど重くないからいいけど。

  ――――――――――――止まるんだ?



 竜人の「人柄」に幾らか懐疑の念を抱きつつ、少年は体を起こした。



  靴を脱がないと。



 すると竜がナギの頭から背中にかけてころころと転がり、途中で慌てて飛び上がって、少年の左肩に止まり直した。そして乗客は抗議するように、ナギの肩を突っついた。


「痛たたたた………ごめんって。」


 ナギが謝ると、竜は怒ったようにぷいっと横を向いたが、少年の肩からは離れなかった。


 苦笑しながら、ナギは自分の「布団」の下に手を入れた。


 もう闇に沈みかけている小屋の中で、彼は白い布を取り出した。

 最後にもう一つ、試しておきたいことがあったのだ。


 ほとんど見えなくなっていたので難しかったが、少年は布の中に残していたパン屑と野菜屑を、自分の左手の上に落とした。

 そして右手で竜を抱き上げ、その左手の中に置いた。


 青い瞳は少しの間足許の手を見つめていたが、やがて首を屈め、粉状に近いパンや野菜を舐め取った。


  くすぐったい。


 弱々しく、だがナギは微笑わらった。


「パンも食べられるんだ―――――――――――」


 これで選択肢が広がった。


 雑穀と水は、完全にはなくなっていなかった。

 あの量が赤ちゃん竜に充分であるのかは、しばらく検証が必要だと思う。

 ナギが手に入れられる食料は限られているけれど、ほかの物なら、もっと食べるのかもしれない。


 今どのくらい食べてくれたのかは、もうよく見えなかった。

 だが小さな竜は食事を終えたようで、飛び上がるとナギの肩に乗ったり、その周りを飛び回ったりし出した。



 体が泥のように重い。

 強烈な眠気がナギを襲っていた。



 少年は一応、布の上で手をはたいた。落ちるような物があったのかは、もはや判別出来なかったが。


 それから布を畳むと、ナギはそれをそっと胸に抱いた。


  この布をどうしたのか、ミルに訊かないと。


 これをどうするべきかは、それによって違うだろう。

 でも次にいつミルと話せるのかは、分からなかった。


 今日、人生を賭けた勝負を乗り越えられたのは、ミルの助けがあったからだった。


 使用人部屋が並ぶ廊下で、心配そうに自分を見送っていたミル。



 自分は無事だと伝えたい。


 もう一度、ミルに会いたい。



 暗闇の中で、右手と布を胸に当て、じっと座っている少年を、青い瞳は不思議そうに見つめていた。



 わらの中に布を戻す時、辛い時にいつも自分を支えてくれたあの石はなくなってしまったのだと、今更に思った。


 意識が遠のきそうになりながらナギが横になると、胸の上に竜が乗ってきた。



  でもあの石は、温かい、小さな竜になった。



 最後の力を振り絞り、ナギは竜を自分の胸の上から降ろした。


「――――――――――――――危ないよ。」


 寝返りを打ったら、踏み潰してしまう。


 だが二回降ろしても、竜は二回戻って来た。


 朦朧としながら、ナギはわらの布団を一掴み分小分けにすると、自分の頭の横に竜専用のベッドを作って、そこに赤ちゃん竜を置いてみた。


 ―――――――――――――だが竜はやっぱり、ナギの胸に戻って来た。



「あ ぶ な い っ て――――――――――――――」

 もはやまともに喋れなかった。



 赤ちゃん竜と攻防戦を演じながら、決着が着く前に、ナギは意識を失った。



  夜行性だったら困るな―――――――――――――――――



 遠のく意識の中で、微かにそんなことを思った。







  痛たたたたた―――――――――――――――――――――――


 翌日は、こめかみへのちくちくした痛みで目が覚めた。


 世界は既に、ほの白い光の中だった。



  寝過ごした!!



 そう気が付いて、飛び起きた。


 あの鶏の声も、全く聞こえなかった。


 一瞬記憶が混乱していたが、光の中を目の前に黒い竜が降りて来るのを見た時、昨日きのうの出来事がナギの頭の中で一気に甦った。



  竜がいる―――――――――――――


  これは現実なんだ………!



 ぱたぱたぱた。


 ようやく目覚めた保護者の周りを、竜は嬉しげに飛び回った。



  起こしてくれたんだ。



 目を閉じる前は体の全てが永遠に停止してしまいそうに感じていたが、一晩寝たら、回復していた。


 竜が自分の肩に止まり、ナギは笑った。


「おはよう。」


 ナギの顔に、黒竜が頭を擦りつけてきた。


  ………可愛い。


 この場所で、こんなに幸せな気持ちで朝を迎える日が来るなんて、想像もしなかった。



 昨日きのう問題だったことの多くは、まだ解決していなかった。

 危険な状況は変わらない。


 でも一日分、知識と経験を積み重ねて、ナギは今日は、昨日きのうよりは上手く切り抜けられる自信があった。


 鎖に絡まるわらを、ナギは急いで取り除き出した。


 やはり空腹だったが、体は軽かった。




 梯子を降りると、小さな竜が宙を追って来た。





 昨日きのうより、飛び方が上手になっていた。


読んで下さった方、本当にありがとうございます!


第1章はあと1話か2話で終わりです。

第2章でようやく竜人が登場します。


よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークして頂けると、物凄く嬉しいです!ぜひお願いします!

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