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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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40. 少年と竜

 干し草の山に、天井や壁の隙間から光が降り注いでいる。


 夜を目前にした静かで、ほのかな光だ。



 ちゃりん……



 鎖の音が微かに響いた。



「―――――――――――」


 口を開いて名前を呼ぼうとして、名前がなくて呼べなかった。


「―――――――――――戻って来たよ。」



 肌寒い大きな納屋の中で、少年は静かに呼び掛けた。

 干し草の匂いだけがしている広い空間は、しんとしていた。




 竜の姿はなかった。




 「ねえ」としか呼ぶことが出来なくて、「ねえ、帰って来たよ」と、少年はもう一度呼び掛けた。



 納屋はやはり、静まり返っていた。



  逃げてしまったのだろうか。

  人間には分からない方法で、納屋を抜け出して。



 ナギが足を踏み出すと、鉄の紐が小さく鳴った。



  それならそれでいい。



 青白い光の中で、少年はそう思った。


  こんなことをした自分は、見限られて当然だ。



 覚悟はあった。


 ただ竜が逃げたと決めつけることもまだ出来なくて、もう二回「ねえ」と呼び掛けながら、少年は草の山に近付いた。

 その場所を覗き込むと、雑穀と水が、少量だけ残っていた。



 だが竜の姿はなかった。



「ねえ。」


 もう一度呼び掛けて、彼は干し草の山を見上げた。



  逃げ出したのなら、それでいい。

  竜の赤ちゃんが、どこかで元気に生きているのなら。

  獣人が人間の望みを叶えなければいけない理由なんて、ない。



 でもこの草の山の中のどこかで、冷たくなっているのだとしたら。



 自分は竜人の赤ちゃんを、死なせてしまったのかもしれない。




 我を忘れたように、ナギは急いで木靴を脱いだ。


 手を伸ばし、足を掛け、次々と崩れようとするもろい山を、少年は登ろうとした。



 もうすぐに夜が来て、視界は失われる。


 込み上げるものを、押し殺した。



  泣くな。

  自分に泣く資格はない。



 草の壁の上をもがいたが、登っては崩れて押し戻される。



  でも無事でいるのか、確かめなくちゃ。



 草の壁を何度も滑り落ち、それでもナギは登り続けた。




  ごめん。こんなところに閉じ込めて。


  僕を罰するというのならそれでいい。


  逃げたというのなら、それでもいい。


  ほかのなにより、


  ただ無事でいてくれればそれでいい………!










 ―――――――――――――ぱたぱたぱた…………







 羽音。









 納屋の高い天井を、ナギは見上げた。



 ゆっくりと、時の流れがそこだけ違うかのように。



 手足から力が抜けた。



 干し草の山から、少年は滑り落ちた。





 夕暮れのほの白い世界の中で、その小さな姿は山の頂上に止まっていた。




 少年を見つめる青い瞳は、光を浴びて宝石のように輝いていた。




  無事だった。




 滑り落ちた場所に座ったまま、左手を着いて体を支え、少年は山の頂上の小さな竜を見上げた。


 小さな小さな竜の瞳は、そこからじっと少年を見降ろしていた。




  無事でいてくれた。



 ただそう思った。


 何かを望もうとは思わない。


 赤ちゃん竜を、酷い目に遭わせた。


 竜の自分に対する愛情が消えてしまったというのなら、自分が何かを望むことなど出来ない。


 獣人の赤ちゃんが育つのに、何かの助けを必要としている訳でないのなら、今納屋の扉を開けて、竜がここから去ったとしてもそれでいい。


 無事を確かめられたから、これ以上望むことはない。


 力尽きたように、少年は視線を伏せた。




「……っ……ぅ……」



 嗚咽が漏れた。

 一日飢えに苦しみ、朝と違う姿で帰って来た少年は、するべきことをし尽くして、今ようやく泣いていた。



「……っ……ぅ……っ……」






 ぱた。


 ぱたぱたぱた……………






 羽の音がして、少年は目を上げた。




 小さな竜が、自分を目指して羽ばたいていた。




 ほとんど無意識に、ナギは両手を伸ばした―――――――――そして竜は、ナギの手の中に降りた。




 青い瞳と目が合う。




 竜はじっと少年を見つめていた。




 言葉もなく、ナギは手の中の竜を見つめ返した。




 やがてナギは、両手でそっと竜を包んだ。

 竜は、甘えるように自分の頭を少年の手に擦りつけた。



「あ…………」

 声を殺し、少年は竜を抱いた手を胸に引き寄せた。








 温かい。


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