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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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04. 奴隷の少女

 少年と少女の動揺は、誰にも顧みられなかった。


 急きたてられて、少女は立ち止まることを許されない。

 その歩き方がおかしいと、少年は気付いた。


「もう治りかけだが、ご覧の通り怪我をしてましてね。今なら格安でお売りしますよ。」


 少女の襟首を頭領が引っ張り、ナギははっとした。

 ヤナの服にはボタンというものがなく、上着は左右の身頃を前で深く重ねて、数ヵ所を紐や帯で留めているだけだ。


 だから容易くはだけた。


 襟が大きくひらいて、少女の肩や胸に包帯が巻かれているのが見えた。

 夏場以外は男でも下にもう一枚着ているのが普通だったが、その怪我のためなのか、少女の上着の下は素肌だった。


 包帯に血が滲んでいる。


 へルネスは無言で左手を伸ばすと、少女の上着を完全に押し開いた。


 その瞬間、ナギは歯を喰いしばっていた。


 同胞の少女は、泣きそうな顔で怯えていた。


 薄紫の上着の前は完全にけられて、腰の薄黄色の帯と両手の枷が、それが地面に落ちるのを防いでいる。


 何があったのか、少女は胴体のほとんどに加えて、右肩も包帯で覆われていた。



 その包帯のお蔭で肌を晒さずに済んでいたが、それでも人前で服を剝がれるなんて、どれだけ屈辱的だろう。


 自分達はここでは人間として扱われない。


 女の子としての配慮も、怪我人としての配慮もされない。



 叫びたい程の激しい怒りを感じる。



  彼女はちゃんとした場所で、ちゃんと扱われるべきだ。



 奥歯を噛み、奴隷の少年は睨むようにその光景を見ていた。



 だがナギは甘かった。



 最悪のまだ先があったのだ。




 どんよりとした茶色の瞳で、顔の肉付きの乏しい領主が、なんの躊躇いもなく命じた。


「包帯の下を見せろ。」


 頭領の男も躊躇わなかった。

 男は腰から短刀を引き抜くと、少女の包帯を切り裂いた。



 反射的に、ナギは目を逸らした。


 衝撃が心臓を刺した。



  子供かもしれない。


  でも女の子だぞ。



 奴隷商人の男達も領主の息子達もいる前で、なんてことを。


 悔しさでどうにかなりそうだ。



「なんだこれは。」

 へルネスの少しだけ不快気な声が聞こえる。


「治りかけだと?これのどこがだ。」

「厳しいね。まあだから格安なんだ。怪我が治るまで少し待てばいいだけで、かなりお得だと思いますがね。」



 ヴァルーダ語で交わされる会話の全ては分からなかったが、ただそこから値段の交渉が始まり、最後には少女が三十万ガルダで買われようとしているのは、理解出来た。



  ここにこの子も買われるのか。



「名前と年齢としは?」

 最終確認のように、へルネスが尋ねる声が聞こえる。

「名前と年齢としを言え。」

 頭領の男が少女にそう命じたようだったが、少女の返事はなかった。


 ヴァルーダ語が分かる筈がない。


 と。


「ナギ。」

 ここまで存在していないかのように無視されてきたナギの名前が、いきなり呼ばれた。


 強烈な反発を感じたが、ナギは自分を呼んだヘルネスの方を見やった。

 薄ら笑いを浮かべて頭領がこちらを見ており、その前で、胸を両手で隠した少女が泣いている。


「来い。」

「――――――――――――――」

 込み上げる感情を飲み込むように、ナギは一度息を飲んだ。


 奴隷狩りの男達の中には、簡単なヤナ語を喋れる人間が二人いる筈だった。

 頭領がすぐにそう告げなかったために、へルネスは自分が知る、ヤナ語を話す身近な者の名を呼んだのだ。


 歯を喰いしばり、少女の肩から下がなるべく視界に入らないようにしながら、ナギは主人の前まで歩いた。




 足を繋ぐ鎖が、じゃらじゃらと音を立てる。




 領主の二人の息子がにやにやとナギを見ていた。

 彼らにとっては、面白い見世物なのだ。


「名前と年齢としを訊け。」

「――――――――――――」


 へルネスにそう命じられ、怒りをこらえながら、ナギは後ろの少女を見やった。

 体を見ないように気を付けたが、それでも彼女の右肩から真下に向けて、筆で描いたような、くっきりとした赤く太い線が刻まれているのが見えた。


 内出血だと思ったが、皮膚の表面にもところどころ血が滲んでいる。


 ひどい怪我だ。


 一体何があったのだろう?


「―――――――――――――名前と年齢としを訊いてる。」

 喉につかえるものを飲み込み、ナギが小声でそう伝えると、少女が顔を上げた。

 涙で濡れた大きな黒い瞳に出会う。少女の目からは涙がこぼれ続けていたが、彼女は、しゃくり上げたりはしていなかった。


「――――――――――ミル――――――――――。13歳―――――――――。」

 静かに泣きながら、ミルはそう答えた。


「――――――――――――――――――」

 これを訳さなければならないのか。





 殺されてもいい。



 彼女のために、今ここにいる奴らを殴りたい。





 へルネスは顔を歪めた。



 あるじを見上げた少年奴隷のに、敵意が宿っていた。

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