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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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36. 運命の戸

「どこよ?何も見えないけど。」

女中が苛々として振り返った。


 ミルはものを尋ねる表情で首だけ巡らせてナギを見上げたが、自分の体は少年の前から動かさなかった。


 思いもしなかった事態に、ナギの心臓は激しく打った。

 少年は冷や汗が流れるのを感じながら、女中の言葉をミルに仲介した。



  ―――――――――――――多分、窓の外には何もない。



「動物のようなものが見えたんです。」

「牛じゃないの?」

「牛がいるんですか?」


 と、言うような、おそらくは不毛な会話がナギを介して行われ、結局答えが出ないまま、女中はせかせかと不愉快げに窓の傍を離れた。


 女中に道を開けるために、少年と少女は二人して一端廊下へ出た。

 動揺を押し隠しながら、ナギはそこでミルと視線を交わした。


  何を渡されたのだろう。


 小さな、平たい包み。やや硬い。

 ちゃんと隠せているとは思う。

 だが――――――――――――――――


  これがばれたら、多分、ミルもただでは済まない………。


 見つめると、大きな黒い瞳の少女は、不安そうな顔をしていた。

 ただ、それは発覚を恐れていると言うより、ナギの体を案じている表情だった。



 部屋を出て来た女中に急かされ、使用人部屋の小さな扉が並ぶ廊下を、やむを得ずナギは歩き出した。


 重い足を引き摺るように数歩歩いて、ナギは最後に一度振り返った。


 自分は明日あすにはいないかもしれないのに、ミルを危険な目に遭わせたくない。



 ミルは扉の前で、胸の下で両手を握り合わせて自分を見つめていた。

 自分と同じ、足に鎖を付けられた少女の姿は、祈っているかのようだった。



 女中に連れられ、ナギは館の正面玄関から外に出た。


 外はほんのわずかに、茜色に染まり出していた。


  ミルは一体、自分に何を渡したのだろう。


 ナギはふらつくように歩きながら、そこに隠した物を女中に気付かれないように、肘で左の脇腹の辺りを抑えた。


「ちょっと、ちゃんと牛小屋に戻れるんでしょうね?」


 と、疲労困憊して見える少年奴隷の様子がさすがに気になったようで、女中が声をかけて来た。


 どきりとする。


 今だけは、心配されても困る。


 「大丈夫です」と答えて、少年は出来る限りの速やかさでその場を離れた。

 女中も、追いかけてまでナギを案じようとはしなかった。



 右を見ると、家畜小屋への木戸が見えた。




  戻って来た。




 ようやく、辿り着いた。



 もう少しだ。



 重い足でそこまで歩いて行く。



 木戸を開ける。



 ぎい、と微かに軋んだ扉の音が、全身の神経を打つように感じた。





 ゆっくりと、ナギは運命の戸をくぐった。


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