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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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33. 勝利

◇ ◇ ◇

 が微かにかげる。

 こうなってから夜を迎えるまでの間が、冬場は早い。


 じき牛が戻って来るだろう。


 白髪の使用人は、ドアノブに回した紐をほどいた。

 奴隷をそろそろ、牛小屋に戻さなければならない。


  果たして今日中に、本は見つかるだろうか。


 途中で一度人を見にやらせたが、「まだ見つかっていない」、と報告を受けた。



  それはそうだろう。



 表紙の色も大きさも分からずに、あの膨大な蔵書の中からたった一冊の本を見つけ出すなんて、気が遠くなる。

 本当に見つかるまで食事が与えられなければ、運次第では餓死するだろう。


 もちろん、無料で働かせることの出来る奴隷を死なせては大損だ。



  ヘルネス様がお怒りになる。

  行き過ぎにならないところで、ハンネス様を止めなければ。



 ハンネスをどう説得しようかと考えながら、老使用人は両開きの扉の右側を開けた。



「……!」



 思わず声を上げそうになった。



 薄暗さを増した室内に、小さな本の山が、何十となく出来ていた。



 そして奴隷の少年が、その本の山を後ろにして、扉を開けたすぐ目の前に座り込んでいた。



 咄嗟に言葉もなく、男が足を鎖でつないだ少年を見つめると、がっくりとうなだれ、膝を抱えるようにして座っていた少年が、虚ろな表情でゆっくりと顔を上げた。



 その瞳からは、生気が消えかかっていた。



  休んでいるのか?諦めたのか?

  どちらにしても、なぜ扉の目の前で。



 状況を判断出来ず、男は困惑した。

 ただ奴隷と多くの言葉を交わす気にもなれず、白髪の使用人は、ただ黙って顔をしかめた。



 じゃらっ……。


 鎖が重い音を立てる。

 ふらつきながら、少年は立ち上がった。




 床に置いていた本を、一冊、手に取りながら。





「見つけました。」





 一瞬、男は言葉が出なかった。


 濃紺の本。金色の華やかな飾り文字が、表紙に踊っている。


 目の前に差し出されている本を受け取らず、男は数秒、本ではなく、ナギの方を見つめた。自分がその本を受け取らなければならないのだと老臣が気付くまでに、何拍かの奇妙ながあった。



  見つけたのか―――――――――――?

  この中から――――――――――――?



 ぎこちない動きで、男は本を手に取った。


 それ程厚い本ではないのだが、なぜかこの時は、ずしりと重みを感じた。


 運もあるから、捜し物が早々に見つかったとしてもおかしくはないのだが、その確率はどのくらいなのだろう。


 とにかく男自身は、そう簡単には目的の本は見つからないだろうと思っていた。


 本のタイトルを確認しようと、男は視線を落とした。何かうまく身体からだが動かなくて、目の動きまでぎくしゃくした。



『近代刑法の成立とその背景』―――――――――――――――



 間違いなく、そう書かれていた。



 じゃらっ。



 本を手にしたまま、言葉もなく立ち尽くす白髪の男の横を通って、ナギが外へ出ようとしていた。



 じゃらっ……じゃらっ……



 足音ではなく鎖の音が、ナギの体力が限界にあることを教えていた。


 横を通り過ぎながら、少年がハンネスが書いたメモを返して来た。



「一字違いますけど、これだと思います。」

 その言葉にはっとして、老臣は受け取ったメモを見直した。

「……………!」

 ハンネスが、一字、綴りを間違えていた。



 両頬が変色し、今にも倒れそうにふらついている少年奴隷に真っ直ぐに視線を向けられたその時、老齢の使用人は、自分が気圧されるのを感じた。

 左右の手に本とメモを握り締め、男は気圧される自分に腹立ちを覚えた。



 じゃらっ……じゃらっ……



「………どこへ行く。」

「牛が戻って来ます。」


 振り返ったナギにそう言われ、老臣はまた自分に腹を立てた。


 訊くまでもないことだった。


 苛立たし気に扉を閉めると、男はすぐにナギに追い付き、その前に立って歩き出した。

 館の中を、奴隷に自由に歩かせる訳にはいかなかった。


 心の中に激しい動揺を覚えながら、男は、奴隷をさっさといるべき場所に帰そうと思った。

 どこか焦りすら感じていた。



 奴隷の歩みは、異様に遅かった。


 だが高齢の使用人が感じているのは、今度は苛立ちではなく、焦りだった。


 来た時と同じ順路で、館の一階まで降りる。



  これで追い出せる。



 男がそう思ったその時、玄関前で女中が声を掛けて来た。


「ちょっとミルの通訳が必要で、ナギをお借りしたいのですが。」

「もうすぐ牛が戻って来るだろう。」

「すぐに済みますので。それに乳搾りならほかの使用人でも出来ますから、大丈夫ですよ。」


 白髪の男はうなずいたが、明らかに気乗りしなさそうだった。

 拒む理由など、ないというのに。



「来てちょうだい。」


 そうしてナギは、老使用人から女中に受け渡された。



 ナギが夕食を貰えるのは、乳搾りの後の筈だった。


 それがまた少し遠のいてしまった。




  でもミルに会える。




 少しだけ、ほっとした。


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