31. 書庫の悲鳴
◇
「行くぞ」
たった一枚のメモを渡してハンネスが部屋を出て行こうとした時、ナギははっとした。
待って下さい、と思わずあのハンネスに縋りかけた。
何かの期待など、決して抱いてはならない相手だと、知っているのに。
「時々人を見に来させる。本が見つかったらそいつに渡せ。」
楽しそうにそう言い捨てて、ハンネスは使用人を連れて部屋を出て行った。
そしてすぐに扉の外から、がちゃがちゃという音が聞こえてきた。
前回も同じことをされたので、何をしているのかはすぐに分かった。
両開きの扉の、二つのノブを縛り合わせている。
これで出られない。
その時唐突に、前の時には感じなかった絶望感にナギは襲われた。
心のどこかで微かに、自分はここで死んでしまうのではないかと思った。
母さん。
遠い故郷の景色が頭をよぎった。
父さん。
コウ。ハナ。ソラ。サヤ。
もう会えないのか。
後どのくらい、食事は与えられないのだろう。
ドアの向こうで、足音が遠ざかって行くのが聞こえる。
体が持たない。
力尽きるのを感じた。
倒れそうになり踏み留まろうとしたが、その足許で、じゃらりと冷たい音がした。
その瞬間、ナギは堪え切れずに、遂に両膝を床に着いた。
鎖を。
泣き叫びそうだった。
せめて鎖を外してくれ……!!
15歳の少年の心は、悲鳴を上げていた。
左手の中で、握り締められた紙がくしゃくしゃと鳴る。
体を丸めて、床を殴り、鎖を殴りつけて、もう全てを壊したい。
破滅的な衝動を、少年はぎりぎりで耐えた。
今倒れたら。
――――――――――この罰は終わるかもしれない。
でも代わりに、すべてを失うかもしれない。
一度深く息を吸い、ナギは本で埋まった部屋を見つめた。
この館にいる、同じ国の少女のことが思い浮かんだ。
そしてこの国のどこかにいる、仲間達のことが。
みんなを救け出したい。
竜は、初めて手にした小さな希望だ。
勝負が終わるその瞬間まで、死ぬ気で立ち続けるんだ。
それから少年は、納屋にいる幼い赤ちゃん竜のことを考えた。
身勝手な人間の望みが、本当に叶うのかは分からない。
竜が育つのにどのくらいの時間が掛かるのか。超常の力というものがどんなものなのか、それがいつ発揮されるのか。
何一つ分からなかった。
だがこの望みが叶わなかったとしても、自分は納屋に帰らなければならないと思う。
ずっと自分の後を追っていた竜を、閉じ込めて、置いて来た。
自分を親と思っているのかもしれない小さな赤ちゃん竜に、きっと今不安で、怖い思いをさせている。
竜の自分に対する信頼や愛情はもう消えてしまったかもしれないが、待ってくれている可能性があるならば―――――――――――――自分は絶対に帰らなくちゃ駄目だ。
「――――――――――――――――――」
呼吸を整え、ナギは前屈みになっていた背中を起こした。
左手の中の紙片を見つめ、それから握り潰してしまった紙の皺を、両手で伸ばす。
読めない文字。
数千冊の本。
たった一人の作業。
どうすれば効率よく目的を達成出来るか考えた。
倒れない。絶対に。
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