03. 奴隷商人と領主
◇ ◇ ◇
巨大な幌馬車と、異様な顔付きの男達が乗る馬が門の外に並んだ。
男の一人が馬を降りて門柱に造り付けられた鐘を打ち鳴らし、領主に仕える年老いた使用人の男が館を出て来て困惑顔で訪問者達と会話を交わし、腰の曲がったその使用人が主を呼びに屋内に引き返して行くまでを、ナギはただ立ち尽くして見ていた。
男達の顔を、ナギは全て覚えていた。
だが門の内側に見えていた筈のナギに、彼らは誰一人関心を示さなかった。
鐘声で家人を呼び出す時間をかける前に、主を呼びに行くようにナギに命じようとすらしなかった。
奴隷が来客の対応を任されていないことを、彼らは知っているのだ。
無数の傷が付いた大きな幌馬車が、空気を圧するような特異な存在感を放っている。
三年前と同じであるなら、あの中には大きな檻が一つあり、鉄枷を嵌められた者達が、全員その一つの檻に押し込められている筈だ。
自分がここにいても出来ることは何もない。
立ち去ろう。
まだ馬小屋の世話が残っている。
理屈がそう囁いたが、ナギはそこから動くことが出来なかった。
それ程経たない内に、領主のへルネス=ブワイエが家族総出で玄関に出て来た。
ブワイエ一家はへルネスの高齢の母親と、妻と四人の子供達の、全部で七人だった。
子供と言っても、全員もう随分大きい。
二人の息子と上の娘は、結婚していてもおかしくない年齢の筈だった。
白髪がちの領主が、当惑した顔をしている。
領主も予期していなかった来客なのだと、その表情が告げていた。
領主一家は全員服こそ着ていたが髪は乱れていて、彼らが朝の身支度を終える前であったことは一目瞭然に分かった。
主一家と共に再度出て来た年老いた使用人が、両開きの門の二枚の扉を全開にする。
早朝の館の前庭に、奴隷商人の馬と馬車が重い音を立てながら次々と進み入り、土埃を立てた。
奴隷狩りの男達の髪の色は様々で、服装もばらばらだ。彼らは色んな国の人間の寄せ集めだった。
ヴァルーダ人の髪色と瞳の色は明るい。
領主のへルネスも明るい茶髪で、総白髪の老母を除いて後の家族も、全員金褐色や明るい茶の髪をしていた。
それでも八人の奴隷商人の内の四人は、ヴァルーダ人だと思う。
ほぼ白髪になっていたが、金褐色の髪の大柄な頭領は、まず間違いなくヴァルーダ人だろう。
剣や弓を提げた男達は、皆服や革の防具がはち切れそうな程に筋肉が盛り上がっていて、異様な風体だった。
へルネスは進み出た頭領の男と短い挨拶を交わすと、不審げに尋ねた。
「なんの用だ。」
「格安で女の奴隷を買いませんか?子供ですがね。」
「格安?」
「まあ訳ありでね。不要なら次を当たります。」
「――――――見せてみろ。」
領主の言葉に頭領の男は小さく笑い、振り返って仲間に合図した。
幌馬車の後ろで、奴隷狩りの男達が数人動く。
両手をきつく握り締め、ナギは悪魔達の商談を見つめていた。
へルネスの家族が興味津々といった表情で、馬車を降りて来る者を待ち構えている。
三年前、馬車の中にはいつも見張りが一人乗っていた。
案の定、しばらくすると馬車後部の幌の内側に男の姿が見え、その手に抱えた少女を、男は下で待つ仲間に受け渡した。
ナギは息を飲んだ。
あの髪。
あの服。
世界がぐらりと揺れる。
なぜ誰もナギに目線すら向けない。
全員、気付いている筈なのに。
肩下までの黒髪の少女が、前後を挟む男達に追い立てられるようにして領主の方へ歩いて行く。
両手と両足を鎖で繋がれた少女の顔には、張り裂けそうな程の不安が満ちていた。
少女はナギより、やや年下に見えた。
他の人間達と異なる存在を視界の隅に捉えたのだろう。少女の目線が、ふと離れた所に立っていたナギの方へと向いた。
その目が一杯に見開かれる。
同胞だ。
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