29. 領主の息子(2)
領主の息子と高齢の家臣の主従が、目を瞠る。
この朝に何が起きたのか、すぐに理解はしたらしい。
老臣が顔色を変え、若い主人はその場にいない料理人を睨むかのように、宙を見やって毒づいた。
「あの野郎――――――――――――!」
だがハンネスの憎悪が料理長に向いたのは、一瞬だった。
領主の息子は一度奴隷に振り上げた拳を降ろすことが出来なかったようで、怒りの眼差しはすぐにナギへと戻った。
「犯人探しなんて、する気はないんだよ!さっさと来い!」
癇癪を起こした子供のようにそう言って、ハンネスは目の前の扉を乱暴に開けた。
ナギがそれ以上、何かを言うことはなかった。
ただ黙って、ハンネスと白髪の使用人に前後を挟まれるようにして、少年はその扉を入った。
食事を抜く罰は、撤回されない。
今、倒れそうに空腹だ。
だがナギは最初から、ハンネスにまともな対応を期待してはいなかった。
ヘルネスの知性が優れていると思ったこともないのだが、息子の方は、そんな父親から知性を引いて暴力性を足したようなところがある。
その違いが年齢と経験の差によってもたらされているのか、生まれ持った気質の違いによるのかは、少年には判断出来なかった。
ナギとブワイエ一家はまともに言葉を交わしたこともなく、そんな見極めが出来る程、少年奴隷は一家と関わってはいなかった。
それに千万が一、ハンネスが真実を追究する気になったとしても、ナギのために証言してくれるのは、ミルだけだ。
女中と結託しているジェイコブの嘘は覆らないだろう。
この話にこれ以上拘っても、体力を消耗するだけだ。
この館で何かを期待していると、心を病んでしまう。
本棚が窓を遮る、薄暗い室内をナギは見つめた。
以前にここに来た時から、ほとんど変化がないように見えた。
一体今日は何を命じられるのか。
その場に崩れ折れそうになるのを堪えて、ナギはハンネスの言葉を待った。
この部屋に、名前が付いているのかどうか。
大小の書棚が幾つも並び、そこに入りきらない本が床にまで積まれている。
「書庫」と言えそうだが、部屋の印象は「書庫」というより、「物置き」だ。
何が面白いのか、振り返った領主の息子は、にやにやと笑っていた。
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昨日ここまで書き上げたかったのですが間に合わず、2話に分けることに……。
遅筆で済みません……。




