28. 領主の息子
東を向いて建つ館の北端と南端に近い辺りには、それぞれ裏庭の方に突き出した、小さな棟がある。
老いた使用人は、ナギをその北側の棟の方へと連れて行った。
館のほとんどの場所にナギは足を踏み入れたことがないが、この場所には一度来た記憶があった。
本棟から北棟へと廊下を折れると、白髪の男がやや慌てたように声を上げた。
「ハンネス様。」
「どれだけ待たせるんだ。」
両開きの大きな扉の前で、領主の息子が苛々とした様子で、目を怒らせながら立っていた。
ナギが以前にここに来た時に入った、それは同じ部屋の前だった。
「申し訳ございません。この者の足が遅くて。」
主に怒りの言葉をぶつけられた老使用人は、首を巡らせて後ろを見やると、少年を睨み付けた。
同調するように、ハンネスの腹立たしげな視線もナギの方を向く。
金褐色の髪のこの息子は、弟共々もう20歳をとうに超えていそうな年齢に見えた。
ぼんやりとしたイメージでしかなかったが、この館に来るまで、ナギはどの国でも上流階級の家の、特に長男などは、家同士の取り決めで早々に結婚するものなのかと思っていた。
だがブワイエ家の兄弟にはどちらにも、未だにその気配がなかった。
ハンネスは、今にも怒鳴り出しそうだった。
ブワイエ一家は全員似たり寄ったりの残忍な性格をしていたが、特に長男のハンネスは、ナギの姿を見ると理由もなく小突いたりして、大怪我をさせない程度に少年を痛めつけ、楽しむような所があった。
心の中で、ナギは覚悟を整えた。
どんなことがあっても。耐え切って夕方を迎える。
ナギの頬を見た領主の息子は、「ふん」と見下すように小さく鼻を鳴らした。ハンネスは、ナギが当然の制裁を受けたのだろうと考えたらしい。
「よくも卵を割りやがって。」
不快気に、そう吐き捨てた。
「卵を割ったのは自分じゃありません。」
「えっ。」
思わぬところで直訴する機会が訪れた。
虚偽を貫く理由もないので、ナギはただ単純に事実を述べた。
「ジェイコブです。」




