27. 重い鎖
◇ ◇ ◇
鎖が重い。
高齢の男の先導に従い、足を引き摺りながら、ナギは館の玄関を入った。
正面玄関からこの館に入った回数は、今日を含めて数える程だ。そのほとんどがブワイエ家の誰かから、直接何かを申し付けられる時だった。
奴隷の少年と少女はブワイエ家の「私有財産」として位置付けられていて、一家の誰かが申し付ける仕事があれば他の何よりそれが優先されたし、召し出しの場所に出向く時には、最短ルートを通ることが許されるのである。
領主の息子直々の呼び出しに口を出そうとする者はおらず、領民達も監督役の使用人も、皆黙ってナギを麦畑から見送った。
ハンネスは、ヘルネスの一番目の息子だった。
ナギの食事の話は中断どころか立ち消えてしまったようで、一瞬期待した分、ナギの失意は大きかった。
こんな時に―――――――――――――
せめて鎖を外してくれれば。
体力が限界の時に、重い鉄を引き摺って歩くのは辛い。
少年奴隷は今にも倒れそうで、明らかにまともに歩けていないのに、白髪の使用人は麦畑から玄関に入るまで、ナギを一顧だにしなかった。
領主の館の玄関は、それなりに立派な造りであった。
天井が二階まで吹き抜けになっていて、ささやかな大きさだがそこにはシャンデリアも下げられている。
大きな磁器の壺や絵画も飾られ、白灰色のタイルが敷かれた床の中央辺りには、大きな円で囲った花の絵が、濃灰色のタイルを使って描かれていた。
男がようやく振り返ったのは玄関ホールに入ってからで、後ろを歩くナギと距離が開き過ぎたためだったが、その表情に、苛立ち以外のものはなかった。
これだけナギの様子がおかしくとも「どうしたのか」と訊く気もないし、もちろん、何かの対応をする気もないのだろう。
ナギが追い着くと、苛立ち顔のまま男は再び前へ向き直り、「早くしろ」とでも言いたげな、苛立った足取りで歩き出した。
玄関ホールの広い空間に、鎖が石のタイルの上を滑る、じゃっ、じゃっ、という音が響いて、こだました。
未だにこの館に何人の人間がいるのか分からないくらい、ナギの生活は館の中の生活とは切り離されて来た。
この高齢の男のことも、だからよく知らないのだが、これまでに姿を見た時は、ハンネスと一緒だったことが多い気がする。
もしかしたら「ハンネスの専属」のような職位なのかもしれない、と歩きながら、ナギは男の立場を推測した。
それからナギが連れて行かれたのは、館の二階だった。
玄関ホールを奥まで突っ切り、扉を入り、階段を登った。
自分達が着けた鎖のせいで、ナギが階段の昇り降りにすら困難を感じていることなど、想像もしないのだろうと思う。
倒れない――――――――――――――――
歯を喰いしばり、ナギは階段を登った。
今歩いている場所に、見覚えがあった。
滑り込み更新セーフです………!




