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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第五章 人と人
239/239

239. 雷鳴と地下牢

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 音がしている。


 ぱらぱらという軽い音。

 些細な音だったのに、途切れることのない緊張がナギを眠りから呼び戻した。


 雨だ――――――――――


 夢現ゆめうつつに思った次の瞬間。


 ガアアァン、と、大地が割れでもしたかのような音がして、少年は跳ね起きた。

 牛達が激しく鳴いて逃げ惑う。



  雷?!



 雷鳴とほぼ同時に雨音は一気に強くなった。



  攻撃を受けてる?!



「ラスタ!!」



 真っ暗な中で相棒の名を叫ぶ。

 今すぐにでもミルを連れて脱出しなければならないかもしれない。

 体と頭が一気に覚醒した。


 青い光が灯る。



 そして眠たげな声がした。


「むぅ……雨だな。」

「えっ……」

 同じ強度の緊張で受け止められなかった感情が行き場に迷った。

「雨?」

「うむ……普通の雨だな。」


  雨―――――――普通の―――――――

  じゃあ今の雷も―――――――――――


「ただの雷……?」

「うむ」


 うなずいたあと、青い光はふぅっと横へと傾いた。


「ラスタ!」


  倒れる?!


 慌てて伸ばした腕の中に少女の重みがどさりと落ちる。雨粒が激しく小屋を叩いていたが、少年の胸と耳には安らかな寝息が届いていた。


  そうか、遅くまで字の練習をしていたから―――――――


 元々雨が少ない地域で、このタイミングだ。勘違いもやむを得なかったとは思うが、無意味に起こしてしまったと申し訳なくなった。


  今何時頃だろう。朝までしっかり寝かせなきゃ――――――――



「……」



 数拍置いて、ナギはラスタを揺さぶった。


「ラスタ?!起きて!竜にならないと!」

「うむぅ……?」


 真っ暗なので服を着せることはおろか、被せることすら難しい。


 面倒な、という声がぶつぶつと聞こえたが、ラスタはナギの言葉を聞き流しはしなかった。少年の胸の上から重みが消えて、一瞬(のち)にはすーすーという静かな寝息は、彼の膝先に場所を移した。


 はぁっ、と溜め息をく。



 「部屋」の下では激しい動揺が続いており、取り敢えず牛達もなだめないと、と思う。

「大丈夫だよ。落ち着いて。」


 暗がりに声を掛ける。しばらくすると同居人達も落ち着きを取り戻した。


 小屋に打ち付ける水の音と静かな寝息だけが聞こえた。

「――――――――――――――――――」

 寝息を頼りに手を伸ばし、少年は小さな竜の温かな背中をそっと撫でた。


 暗闇も雨も、独りだった時とは違っていた。



 外は嵐だが、その場所は安らかだった。




◇ ◇ ◇


 一方、状況を教えてくれる竜人がいない館の中ではパニックが起きていた。


 雷鳴の少しあとにはヘルネスの部屋の前に、寝間着の上に上着一枚羽織っただけの姿の家族が集合していた。その輪から距離を取りはしていたが、アメルダすらヒルデを伴ってそこにいた。ほかにクライヴとマッカがおり、クライヴだけが乱れてはいるものの服に着替えていた。


「父上、いかがいたしますか?!」

 尋ねる後継ぎ息子も応える領主も顔色を失っていた。

「どうもしようがあるか!すぐに荷物をまとめろ!ゴルチエ領に避難する!」

「は?!」

「なんですって?!」


 新婚夫婦が珍しく声を揃える。後の者は皆絶句していた。


 領地と領民は?領地を放って逃げたりすれば家が取り潰されるのでは?


 そんな疑問が一家の脳裏に次々と浮かぶ。その時アメルダがはなった言葉が、彼らの神経を逆撫でした。


「奴隷はどうするつもりなの?!」


 ハンネスが頭に血を昇らせ、数人が花嫁を睨み付ける。

 この期に及んで奴隷に執心するのかと誰もが思った。


 が。


  確かに奴隷をどうするつもりだ――――――――――――


 ついハンネスまでそんなことを考えた。「執心」している奴隷は、おそらく妻とは違っただろうが。


「お待ちください、ヘルネス様!」

 破滅的ともいえる状況でしわがれた声を張り上げたのは、白髪の養育係だった。


「どうかご再考を。ブワイエ領の川でトラム・ロウ程の巨大水害は起きぬかと思われます。外をご覧下さいませ!」

「何……?」

「この程度の雨ならばこれまでにも降ったことがございます。降り続いたとしても川が溢れるのに数日は掛かりましょう。しかもこの館は高台にございます。どれ程川が溢れても、ここまで水は参りませぬ!」

「確かにな……」

後継ぎ息子が呟く。父子おやこは毒気を抜かれたような顔をした。

「どうか冷静に。数日あれば、領民や家畜を高台に避難させることも出来ましょう。たとえ皆様の命がご無事でも、領民が死んでしまっては戻る場所がなくなりまする。」


 貴族の出ではない老臣の懸命な訴えに、一家は顔を見合わせた。



 翌日。


 ハンネスは自室の窓から空を見上げていた。

 からりと晴れた空を見る領主の息子の背を、冷たい汗が伝った。


 夜明けと共に各村に伝令を走らせて、避難の準備を命じる予定であったのに。雨は朝には小降りになっていて、昼を迎える前に止んだのだった。


 早まって逃げ出していたら、大変なことになっていた。


「ゴルチエ領に逃げて、その先はどうするつもりだったんだ。」

 呟いた声に苛立ちが滲んだ。


 父親の近頃の判断に、ハンネスは疑問と不満を募らせていた。



 まだ小雨が降っていた明け方、鶏小屋の世話を終え馬小屋へ向かおうとしていたナギは、予想外の相手と出くわしていた。


 マッカだった。


 腰が曲がった老人は、あの夜と同じようにヘルネスの馬で出掛けようとしていた。



  どこに―――――――――――――?



 急に幾度もマッカの姿を見掛けるようになった。ヴァルーダが攻撃を受け出してから。


 なぜ。


 何かある。そう思ったが、それがなんなのか、見当が付かなかった。


 大きな幌馬車を伴ってマッカが戻って来たのは夕方だった。

 幌馬車には数人の男達が乗っていた。そしてそれまでナギが考えもしなかったことが起きた。



 マッカが連れ帰った男達が、館の地下牢に繋がれたのである。


読んで下さった方、読んで下さっている方、本当にありがとうございます。

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