表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第四章 ある獣人とあるひと
236/239

236. 唄うたいと人狼と連行

馬車が見えた。


ほぼ真四角な巨大な車体が、稜線上に積み木を並べたかのように、王都の方向から連なっていた。


馬車の両側面の大きな窓が全て全開にされていて、窓の柵越しに向こう側の空が見えた。そして遠目にも、中に大勢の人達がいるのが分かった。


慄然りつぜんとした。


パレタイル人の移送がもう始まっていたのだ。


車列の周囲に何十という騎兵がいた。

土埃が舞い、ひづめと車輪が地を蹴立てる音が、わたしがいた場所にまで届いた。

騎兵の内の数騎は獣人だった。



間に合わなかったんだ、と思った。



地下広間が掘り起こされたと考えるのは無理があった。

半日も経たない内に、ここまで出来る筈がない。

やはり城内への避難が間に合わなかった人達が、城外に大勢取り残されていたのだ。



その人々が連れ去られようとしていた。



「カーラさん……」



昂ることもなく、沈むこともなく、ほぼ麻痺していた感情が、その時(わず)かに動いた。

イゼル様達と、城内の親しかった人達の次に消息を知りたい人達がいるとすれば、カーラさんの一家だった。


カーラさん一家はもしかしたらあの中にいるのかもしれない、と思った。

せめて生きているのかを知りたかった。


ほんの昨日きのう、イゼル様を抱き締めた時に触れたリボンの感触が指に甦り、自分でも気付かぬ内に、わたしはその手を握り締めていた。



車列に近付くために姿を消した。

だがほとんど近付けない内に、<人狼>に行く手を遮られた。



「――――――おい。何をするつもりだ」



<人狼>は、切れ長の目と、腰まで届く黒髪をもつ男だった。よく通る声に覚えがあった。夜に崖下まで来た男だと思った。


人間の声も馬車の形も、間に薄衣うすぎぬを挟んだかのようにぼんやりとしてしまう「あいだの世界」で、わたしとその<人狼>は対峙した。



「……頼む、人を捜させてくれ……!」



声を絞り出すようにしてわたしが言うと、<人狼>の男は微かに眉をしかめた。



やがて。



「………女性か?」

「じょせ、いと、子供と、夫だ………」

痛みと飢えで、喋りながらわたしはふらついた。

「―――――――おい。大丈夫か」


差し伸ばされた手を静かに振り解いたのは、「先ず手当てをしろ」と言われたくなかったからだ。

「………」

無言で手を引くと、<人狼>は数秒沈黙した。だが数秒を置いて、彼は言葉を接いでくれた。


「……馬車は男女で分けている。女の馬車はまだ後ろだ…………子供は何歳いくつだ」


うつむいた。

その質問の意味を、わたしは理解していた。


「――――――――――一番下の子はまだ幼い」

更に眉を寄せた<人狼>は、また数秒言葉を途切らせた。

「………馬車に乗せるのは、大体10歳くらいからだ」

「――――――――――――――――――――――」



生きていたとしても、クレイはおそらく……。

まだ9歳のステイルも、微妙だった。


最悪の場合、カーラさんの目の前で――――――――



「………女性の馬車を……捜したい」

「――――――――――女の馬車は多分まだ王都を出ていない」

「………そうか。……行って、み、る。親切……に、感謝する」

「………王都に入ったら獣人なかまに声を掛けろ。多分、薬や食糧を融通して貰える」


<人狼>の心遣いに、半分朦朧(もうろう)としながらうなずいた。



わたしが王都に戻ろうと判断したのはカーラさん一家が地下広間にいる可能性もあったのと、既に通過してしまった馬車を追うことが、その時のわたしには困難だったからだ。


<人狼>と分かれたあと姿を消したまま、わたしはふらふらと進み出した。

人狼かれ>が手を廻してくれたのか、それからしばらくほかの獣人に制止されることはなかった。



そして故郷ふるさとである王都が見えた。


郭壁かくへきの向こうに煙が数本立ち昇っていて、食事の支度とは明らかに違う臭いが、風に乗って届いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ