236. 唄うたいと人狼と連行
馬車が見えた。
ほぼ真四角な巨大な車体が、稜線上に積み木を並べたかのように、王都の方向から連なっていた。
馬車の両側面の大きな窓が全て全開にされていて、窓の柵越しに向こう側の空が見えた。そして遠目にも、中に大勢の人達がいるのが分かった。
慄然とした。
パレタイル人の移送がもう始まっていたのだ。
車列の周囲に何十という騎兵がいた。
土埃が舞い、蹄と車輪が地を蹴立てる音が、わたしがいた場所にまで届いた。
騎兵の内の数騎は獣人だった。
間に合わなかったんだ、と思った。
地下広間が掘り起こされたと考えるのは無理があった。
半日も経たない内に、ここまで出来る筈がない。
やはり城内への避難が間に合わなかった人達が、城外に大勢取り残されていたのだ。
その人々が連れ去られようとしていた。
「カーラさん……」
昂ることもなく、沈むこともなく、ほぼ麻痺していた感情が、その時僅かに動いた。
イゼル様達と、城内の親しかった人達の次に消息を知りたい人達がいるとすれば、カーラさんの一家だった。
カーラさん一家はもしかしたらあの中にいるのかもしれない、と思った。
せめて生きているのかを知りたかった。
ほんの昨日、イゼル様を抱き締めた時に触れたリボンの感触が指に甦り、自分でも気付かぬ内に、わたしはその手を握り締めていた。
車列に近付くために姿を消した。
だがほとんど近付けない内に、<人狼>に行く手を遮られた。
「――――――おい。何をするつもりだ」
<人狼>は、切れ長の目と、腰まで届く黒髪をもつ男だった。よく通る声に覚えがあった。夜に崖下まで来た男だと思った。
人間の声も馬車の形も、間に薄衣を挟んだかのようにぼんやりとしてしまう「間の世界」で、わたしとその<人狼>は対峙した。
「……頼む、人を捜させてくれ……!」
声を絞り出すようにしてわたしが言うと、<人狼>の男は微かに眉を顰めた。
やがて。
「………女性か?」
「じょせ、いと、子供と、夫だ………」
痛みと飢えで、喋りながらわたしはふらついた。
「―――――――おい。大丈夫か」
差し伸ばされた手を静かに振り解いたのは、「先ず手当てをしろ」と言われたくなかったからだ。
「………」
無言で手を引くと、<人狼>は数秒沈黙した。だが数秒を置いて、彼は言葉を接いでくれた。
「……馬車は男女で分けている。女の馬車はまだ後ろだ…………子供は何歳だ」
俯いた。
その質問の意味を、わたしは理解していた。
「――――――――――一番下の子はまだ幼い」
更に眉を寄せた<人狼>は、また数秒言葉を途切らせた。
「………馬車に乗せるのは、大体10歳くらいからだ」
「――――――――――――――――――――――」
生きていたとしても、クレイはおそらく……。
まだ9歳のステイルも、微妙だった。
最悪の場合、カーラさんの目の前で――――――――
「………女性の馬車を……捜したい」
「――――――――――女の馬車は多分まだ王都を出ていない」
「………そうか。……行って、み、る。親切……に、感謝する」
「………王都に入ったら獣人に声を掛けろ。多分、薬や食糧を融通して貰える」
<人狼>の心遣いに、半分朦朧としながら頷いた。
わたしが王都に戻ろうと判断したのはカーラさん一家が地下広間にいる可能性もあったのと、既に通過してしまった馬車を追うことが、その時のわたしには困難だったからだ。
<人狼>と分かれた後姿を消したまま、わたしはふらふらと進み出した。
<人狼>が手を廻してくれたのか、それからしばらく他の獣人に制止されることはなかった。
そして故郷である王都が見えた。
郭壁の向こうに煙が数本立ち昇っていて、食事の支度とは明らかに違う臭いが、風に乗って届いた。




