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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第四章 ある獣人とあるひと
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232. その夜のこと

血溜まりはまだ広がり続けていた。



狙いは竜の卵――――――――――わたしだったのかもしれない。



呼吸が苦しくなり、思考を半分閉じた。そうしなければ、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。


ヴァルーダ側の獣人に見付かってしまう。ここに留まっている訳にはいかない。ただ機械のように動いて、わたしは地上に向かった。



竜の卵の在り処とイゼル様達の命は引き換えになっている。

ご一家を無事に逃がすまで、わたしは死んではならなかった。



ほんの少し前にお二人を連れて歩いた通路を、一人で戻った。


入り口まで引き返すと、内側の鍵がちゃんと掛けられていた。人間の兵士が通ったのだから、扉は一度開けられた筈だ。<蠍蜘蛛さそりぐも>が表のかんぬきだけ破壊したのだろうと思ったが、目で確認することはなかった。


ランタンの火を扉の前で吹き消して、わたしは何も持たずに外へ出た。



金属が打ち合う音がしていて、時折、重く低い音と共に地面が揺れた。


もう夜を迎えていた。


自分の手足すら見えなかった。


真っ黒な山肌に蛍のように火が散らばっており、それが赤すぐりの宮に集結しようとしていた。その場所から見えたのは、火と、赤すぐりの宮の一部だけだ。



星が降るように天を埋め尽くしていた。




わたしの存在が、この国を滅ぼしたのか。




確証はなかった。だが一度胸に抱いた疑念は薄まることなく、むしろ時間が経つ程に濃く強固になった。




憎しみで気が狂いそうだった。




獣人わたしたちの「記憶」には、人間のむごさは山程記されている。



知ってはいた。



だがどこまで残酷になれる?




感情に呑まれては駄目だ。



理性を必死に繋ぎ止めた。

成すべきことが、まだ終わっていない。



「陛下……」


もう時間がないと思えた。陛下と王妃様の救出が本当に叶うのかと、強烈な不安を覚えた。


合いの子の卵がある部屋に、並んで座られているお二人の姿が見えた。



他の一切を切り捨てて、ご一家の命だけを守ろうとしたあの時のわたしの行動を、釈明出来る言葉はない。


王家の血筋だけでも残そうとしたことは、人間の臣下達も賛同してくれたかもしれない。でもそれは、動機の一部だ。


ご一家の命を守ろうとした。その動機の大半は、ご一家が、わたしにとって家族だったからだ。


陛下は脱出を望まれていなかった。生き延びられても、竜の卵のことを知ればわたしを憎悪されるかもしれない。



それも理解していてなお、わたしはご一家の全員に生きていてほしいという願いを、捨てることが出来なかった。



ご一家の脱出まで、わたしは地を這ってでも生きなければならなかった。



幾つもの火が近付いて来るのが見えた。


兵の一部がこちらにやって来るらしい。獣人の気配はなかった。姿を消せばやり過ごせるだろう。


姿を消して、それから……。闇の中でその先を思案していた時。


鼓膜を破りそうな音と風に襲われた。


「!!」


ごうっ、と空気を裂く音がして、吹き飛ばされた体に小石と風が激しく当たった。<風切鷲かざきりわし>だと分かったが、なす術もなく体は宙を舞った。暴風の中でドォン、という重い音が繰り返し聞こえたが、なんの音なのか分からなかった。


何も見えない中で地面に打ち付けられて、ようやく体を止めることが出来た。


人間もかなり巻き込まれたようだった。顔を上げると、遠くの地面に松明たいまつが散らばっていた。油を含んでいるために、松明たいまつの火は消えることなくそのまま燃え続けていた。


ゴッ……!


地面すれすれにまで押されたらしい<風切鷲>が、再び急上昇して行った。その姿が、闇に朱く照らされる。


「っ……!」


油断した、と思った。<風切鷲>は一瞬で長い距離を飛行するため、かなり注意していないと位置を見失う。<風切鷲かれら>が近付いていたことが、分からなかった。


全身に痛みを覚えた。


早く交戦場所から離れなければ。


よろよろと立ち上がろうとして、気が付いた。




地面が割れている。



今の衝撃で?



でも何かがおかしい。



なぜあんなに直線的に。




半瞬置いて、背筋がぞっとした。





「イゼル………………………?」





聞こえた自分の声は、変に掠れていた。





記憶はそのあとから曖昧だ。


何度も地中に潜ろうとした。


でも上手くいかなかった。


地中には視界がない。空気がある場所も見付けられなかった。


崩落の範囲は、通路の入り口からそれ程離れていない。

イゼル様達が通路に入ったのは数分前だった。


微妙な時間の経過だった。



数回失敗を繰り返して、ようやく、もっと出口に近い方から潜ろうと考え付いた。


陥没ヵ所から遠い場所なら、きっと通路は無事だ。隠し通路はほぼ直線的に造られていたので、位置の当たりは付けられた。


ただ通路は出口の崖に向かって傾斜していて、入り口から遠ざかる程に深くなっていた。


深すぎる場所だと息が続かない。


そこからまた数回失敗した。


狂ったように地面に潜ることを繰り返した。



時間だけが無情に過ぎて行った。


地上では人間の戦闘が続いていたが、わたしの目にはもう入っていなかった。



一体何度目のことだったのか。


視界の隅が、ふっとオレンジ色に染まった。


息が出来た。



灯り。



真っ暗な通路の奥に、微かなが灯っていた。




「イゼル――――――――――――――リル!」




叫びながら、わたしは闇の中で坂を駆け上がった。


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