表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第四章 ある獣人とあるひと
230/239

230. 唄うたいと竜の卵

「『ヴァルーダ国内にある筈の、卵の場所を知りたい』」


返事はヴァルーダ語で、直接頭の中に届いた。


相手のおおよその居場所さえ分かるのなら、別の大陸の獣人とさえ会話が出来る<伝令鳥でんれいどり>だったが、極秘で会話をするのは簡単ではなかった。


<伝令鳥>の力は例えて言うなら、部屋の扉を開けて大声で中に向かって呼び掛けるのと似ている。部屋に目的の相手しかいなかったのならそれで済むが、他にも獣人がいた時は、<伝令鳥>の「声」はその全員に伝わってしまう。

ただ目的の相手が返事さえすれば、そのあとは<伝令鳥>は、声を伝える相手を絞ることが出来るので、大抵はそれで解決する話だった。


だが時に、やり取りの一切を秘匿したいと求める人間もいる。


その方法がない訳ではなかった。


相手の居場所が正確に掴める時は、<伝令鳥>も最初から「声」を伝える範囲を絞ることが出来るのだ。


正体が分からないままになってしまった男は、<蠍蜘蛛さそりぐも>にわたしの居場所を特定する役目もになわせていた。一度「思念」を繋げておけば、<伝令鳥>は、相手が移動してもそのあとを追える。


そして<蠍蜘蛛>と繋がっていた伝令鳥の思念は、その場でわたしに受け渡された。



自分の言葉を一切交えず、素性を明かさぬ人間の言葉を、<伝令鳥>はただ淡々とわたしに仲介した。




「『存在に、気付いているのだろう―――――――――竜の卵だ』」




「――――――――――――――――――――――――――――!」




応えることが出来なかった。




思念の世界に、<伝令鳥>とわたしの緊張が満ちた。




顔も名前も分からない人間が接触を求めてきた理由に、全く思い当たらなかった訳ではなかった。




だが、  それは。




血の臭いと色に覆われた闇の中。<蠍蜘蛛>は瑠璃色に光るでわたしを見つめていた。人間の兵は三人が彼を囲むように立っていて、二人は扉の近くで外を警戒していた。思念で交わされる会話は、わたし以外の者には聞こえていなかった。だがその時は、思念の中でも沈黙が続いていた。



「リュート!」



イゼル様の声。



リル様は剣を構えたままだったが、交渉を求められていることはお二人に伝えていた。

イゼル様が早まってしまわれないように、そしてむごたらしい光景がお二人の目に入らぬように、わたしは話し合いが始まる前にお二人の傍に移動していて、姫の声はすぐ背後で聞こえた。


「――――――――――――――――」


わずかに震えていた懇願するようなそのひとの声に、わたしは振り返らなかった。



もう「逃げて」という言葉を聞きたくなくて。




なぜわたしがあなたを置いて行くと思うのだろう。




あなたとリルの命より大切なものなど、わたしにはなかったのに。




大陸には多くの国と言葉があったが、なぜか「唄うたい」という言葉の意味は共通していた。



わたしの種族にその名が与えられているのは、わたし達が世界中の獣人の卵の場所を知ることが出来るからだ。



「唄」は「子守唄」を指し、「唄うたい」は「子守り」を意味していた。



この世界では役に立たない力だった。

こちらの世界にあるのは合いの子の卵だけだが、合いの子の卵に所有者がいないことは、ほぼなかった。卵の場所が分かっても、手に入ることはないのだ。


だが例外はある。確かにわたしは、例外に気付いていなかった訳ではなかった…………



「―――――――――――――――――」



<伝令鳥>の向こうにいる人間の姿は見えない。ただ思念越しに、年輩の男であることだけは感じられた。

やはりヴァルーダ王ではなかったのだろう。ヴァルーダ王であるのなら、わたしとの接触を隠蔽する必要はなかった筈だ。


王でないその男に、ご一家を助命する権限やすべがあるのか、確信は持てなかった。

―――――――――それでも。迷う時間も選択肢も、残されてはいなかった。


地上には既に大勢の獣人の気配があった。じきに赤すぐりの宮も落ちるだろう。お二人がヴァルーダ軍に見付かれば、それで終わりだ。



―――――――――――少年の傍にある卵を見つめた。



唄うたい(わたしたち)>は、卵がある場所が分かるだけではない。その周囲の景色も見える。



竜の卵はもう火の民の少年の手に渡っていて、かえる寸前だった。



温もりが竜を包んでいた。




―――――――――――長い沈黙のあと、わたしは答えた。





「―――――――――――――――竜の卵は、異国人の子供の手に渡りました」





<伝令鳥>が、微かに息を呑んだ。






ご一家の命を救うことを条件に、正体の分からない男と取引を交わした。


脱出方法をゆだねられていたのは、<蠍蜘蛛>だった。



「彼らに付いて行って下さい」

「リュート!!」

「必ず迎えに参ります」



イゼル様と王子にそう約束した。




そのあとのわたしの記憶は途切れ途切れだ。



よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークして頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ