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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第四章 ある獣人とあるひと
221/239

221. 一線を越えた日

「我が国は属国ではない!」


激しく反発したのは重臣達だった。



あの時に戻れたらと何度も思うが、もし戻れたとしても、彼らを説き伏せることは出来なかったのではないかとも思う。



大陸には合いの子の卵を巡って、国が亡びる程の争いが繰り返された時代がある。

その果てに、ある取り決めが交わされた。


「他国の獣人の卵には干渉しない」


それが大陸の国々の間で守られることとなった約束だ。

大陸じゅうが疲弊しきった末のことだった。


その約束を顧みないのは、パレタイルを属国として扱ったのと同義だった。



だが時代は変わっていたのだ。



古い約束は守られる理由を失い、ただ漫然と維持されていただけだったのに、人間達は時代の変化に鈍感だった。


石碑に刻まれた誓いをただの遺跡としたヴァルーダ自体、時の移ろいに気付いてはいなかったのかもしれない―――――――――――パレタイルに<巨人>の卵があると知るまでは。


<巨人>はパレタイルにある合いの子の卵の中で、ほぼ唯一、「突出した力がある」と言えるものだった。しかも<巨人>がこの世界に現れることは、極めて稀だ。つまり<巨人>の合いの子が生まれることはほとんどない。



だがどんなに理不尽であっても、今の大陸にヴァルーダに逆らえる国などなかったのに。



それから、凄まじい勢いで状況は悪化していった。


一人ならまだ立ち止まれたのかもしれないが、集団で走り始めたあとは、もう止めようがなかった。


短期間にパレタイルは反ヴァルーダの筆頭となり、連合軍の象徴として担ぎ上げられていた。


他国にパレタイルの事情を知らせてしまったのは重臣達だった。

パレタイルのような小国でも、他国の貴族と姻族関係にある者は多い。そこから他国に、パレタイルの状況が漏れたのだ。



ヴァルーダの横暴に苦しめられ、その脅威に怯えていたのはどこの国も同じだ。

それでも怒りに任せて突き進むべきではなかった。



だがヴァルーダの王は理解しているのだろうか。


獣人の卵を要求したことで、彼も一線を越えてしまったのだということを。




王子の11歳の誕生日は、開戦準備のただ中で迎えられた。

その時には辛うじて祝宴が開かれたが、開戦後に迎えたイゼル様の17歳の誕生日には、祝いの席はもうなかった。


イゼル様も状況をよく理解されていて、陛下や王妃様に祝いの品を願うことすらしなかった。



その日の夜、わたしと王子は二人でひっそりとイゼル様の部屋を訪れた。


小さな菓子の一つも用意して差し上げられなかった。


前線に送る食糧の心配をしなければならない中で、厨房に何かを融通して貰うことが、はばかられた。


わたしが手にしていたのは、パレタイルの伝統的な竪琴リラだけだった。



さすがに控えるようになっていたので、わたしがイゼル様の私室に入ったのは数年振りのことだった。


小さなあかりが幾つか、温かに部屋を照らしていた。



鏡台の上には数年前にはなかった化粧品が並び、部屋を飾る小物も大人びた物が増えていて、いつの間にか、イゼル様の部屋は年頃の女性らしくなっていた。



ふと窓際の四人掛けの机を見ると、円形の小さなレースの敷物の上に、薔薇色の器が載っていた。



イゼル様は水色のドレス姿だった。



毎年誕生日の祝宴のために作られるドレスもその年は作られなかったので、それは既にあったドレスの中から自分で選ばれたものだった。


数筋編みこまれたクセの強いブルネットの髪に、ちらりと華やかな色が見えた。


結われた顔周りの髪を後ろで留めていたのは、あの黄色いリボンだった。



部屋の椅子をお借りして腰掛けると、わたしは舞踊曲を奏でた。

竪琴リラの弾き方は、パレタイルで人の姿になってから学んだ。



ささやかなの中で、その曲に合わせて姉弟が踊った。



まだ姉よりだいぶ小さかったが、11歳の王子は、少しだけ逞しくなっていた。

戦場に送られるような年齢としではなかったが、そのしばらく前から王子は黙々と武芸の訓練に励まれていた。きっと、何かせずにはいられなかったのだと思う。



「リュートも踊ってよ。」


王子に促されて場所を替わった。



その竪琴リラは王子にはまだ大きくて、演奏もつたなくて度々途切れたが、わたしとイゼル様は、途切れる演奏に笑いながら数曲を踊った。


三人だけの、何もない祝いの席だったがイゼル様も王子もずっと楽し気だった。




短い宴を終えようとした時。


イゼル様が初めて思い詰めたような表情かおをされた。


「―――――――リュートはもう、獣人の国に帰れるんでしょう?」


その言葉を聞いた時、胸に激しい痛みを感じた。


「―――――――――――――――――はい。」


答えると、うつむいていたイゼル様が目を上げた。




「………何かあった時には、リュートは逃げてね。」

「―――――――――――――――――――――」




姉の横に王子が並び、わたしに笑い掛けた。


「姉様は僕が守るよ。」




「――――――――――――行きません。お二人を置いて。どこにも。」







◇ ◇ ◇ ◇ ◇


遠くの嵐のように微かに、大勢の男達が叫ぶ声が聞こえる。


城壁を突破されたのだろう。


何人もの獣人の気配がした。


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