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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
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218. 獣人とひと

ゆっくりと「記憶」が流れてくる。


顔を上げると、若い人間とがあった。


黒い瞳。


珍しいな。

合いの子の獣人が最初に会う人間は、もっと年いってることが多いのに。


くすぐったくなる。


この温もりを知っている。


とても優しくて、寂しくて、でもとても強い。


ずっと自分を温めてくれていたのは、この人間だ。


意識と体が、ひとつひとつ接続していく。


手も尻尾も脚もちゃんと動いたぞ。あとは羽だな。


ぱた、ぱたぱたぱた――――――――ふらふらと飛び上がり―――――――


ぽてんと落ちた。


うむう………もう一回だ。


人間の右手の中で、もぞもぞと体勢を立て直す。

人間がもう片方の手も添えてくれた。


受け止めてくれるのか?

うむっ、助力感謝する!


ぱたたたた…………


ふわっ。


今度は飛べた。


黒髪の人間が目を見開いて驚いている。

まあ竜だからな!


朝陽が差して、世界は光に満ちていた。


地面より少し高い場所に、温かな人間が立っている。

木の板の上にわらが積まれていて、下には何か、人間以外の動物がいた。少し臭いがきつい。


変わった場所に住んでいるなと思ったが、初めて見る世界が楽しくて、気にならなかった。嗅覚は絞っておこう。


ぱたぱたぱた………がくんっ、ぱたたぱた………


楽しい!!


でもまだ上手く飛べないな。


しばらくして、優しくて温かい人間の横に降りる。遊んでほしくて人間をつついていたら、何か話し掛けられた。


「記憶」はゆっくりと開かれている最中で、まだ何を言われたのか分からない。


獣人の世界には、人間のような言葉はない。思考を直接やり取り出来る。

でもこちらの世界では獣人同士でも人語でやり取りするので、言葉の「記憶」は必須だ。だから言葉の「記憶」は濃いし、獲得も早い。


「じっとしてるんだよ。」


小屋を出る頃には、自分がヤナ語で話し掛けられていると分かった。


うむ、もうなんて言われたのか分かったぞ!

凄いだろう!


獣人の記憶は広い海のようで、でもまだ掌握しきれない。


ゆっくりと流れてくる記憶の中に、母の個人的な記憶が、少しだけ混ざり込んだ。


ヤナ語――――――――――――――


わたしはヤマタに預けられたんじゃなかったか。

何かあったようだが、まあいいか。


話し掛ける声や言葉。そっと触れる手。


くすぐったい。


よかった、わたしをかえしてくれたのがこの人間で。


空気はひんやりとしていた。緑が広がっていて、鳥達が鳴いている。


初めての外。


初めてのごはん。


楽しい。


黒髪の人間はとても優しい。


うん?なんだ?何かあったのか?


人間がわたしをじっと見つめている。


「……ごめんね。」

ばたばたばた。

「痛たたたたたた…………ごめんて。」


なぜ引っ繰り返す、無礼者!



ꔰ ꔰ ꔰ


「夕方に戻って来る。ここで待っててくれる?」


うぬ?


これから人間ひとの世界のことを教えてくれるんじゃないのか?それに一緒に遊びたい。


がちゃんっ!


嘘だろう?!置いて行くのか?!赤ちゃんだぞ?!

そりゃ人間の赤子よりは丈夫だが。

「夕方」って、まさか夕方まで放置するのか?!

酷過ぎる。こんな目に遭う合いの子がいるか?!


「静かにして、ここで待ってて。」


しばらく必死で扉をつついたが、扉がくことはなかった。


最悪な時間の始まりだった。


干し草が積まれているだけの部屋。何もないし、誰もいない。腹は立ったが、今のわたしは鳥の雛と変わらないくらいに無力だ。身の安全を考えれば、ここにいるしかない。


くそう。


「記憶」の中でも例がないくらい酷い扱いだったが、現状、どうすることも出来ない。


黒髪の人間は、何か事情を抱えているのだとは思う。


獣人の感覚は人間よりずっと鋭敏で、竜はその中でも更に鋭敏だ。

人間が見ることも感じることも出来ない、空気中の微細な粒子を感知する。


空気中の粒子はそこに物があるだけでも、生物の感情が動くだけでも動く。竜は、でも耳でも皮膚でもその動きを拾う。

「ある程度は」の話だが、生物の感情は言葉がなくても分かるし、死角にある物でも見える。条件が良ければ、竜なら、皮膚で知覚した情報を視覚に変換することすらある。


だから生まれる少し前から、あの人間のことがぼんやりと見えてはいたし、心も伝わっていた。

今わたしを置いて出て行った時の気持ちも。


わたしがここにいることを知られると、あの人間にとってはまずいのだろう。


肌でそう理解した。


少しして外から人間の声が聞こえたが、わたしは自分の存在を知らせることはしなかった。


ヴァルーダ語だな―――――――――――――一体わたしはどこにいるんだ。


まあいい。


今日だけだ。まだ事情が分からないから、今日だけは隠れててやる。


でもこれはあんまり酷いぞっ!!


一人きりの一日をそれからわたしは飛ぶ練習をして過ごし、疲れると干し草の上で休んだ。これはこれで有意義だな?


日が傾き始めた頃に、一度鎖の音が聞こえた。


「迎え」か?


あの人間だと分かる。でも鎖の音は、近付いてこなかった。


まだわたしに隠れていてほしいのだ。


びりびりとした緊張が空気を伝わってくる。


何か余程の事情があるのだな。


――――――――――――今日だけだぞ、人間。


その時もわたしは、気配を消して過ごした。




ꔰ ꔰ ꔰ




もう陽が落ちるという頃。


ようやく人間は戻って来た。


「―――――――――――戻って来たよ。」


呼び掛けられたが、わたしは出て行かなかった。


「ねえ、帰って来たよ。」


都合がいいぞ人間。


生まれたばかりの赤子を一人にして一日閉じ込めるとは。

獣人によっては命を危うくしていたかもしれない。


お前は保護者に値しない。


積まれた草の中に隠れ、わたしは肌で様子を探っていた。


人間は、なぜかぼろぼろになっていた。今にも崩れ落ちそうに疲れ切っている。


だが人間は、草の山を登り始めた。


草が崩れては落ち、また登り、また崩れる。


何度も何度も。


―――――――――――――――――――わたしを捜している。


ぱたぱた……………。


羽ばたいた。


山の上に、わたしは降りた。


草の山の頂上から、直に人間を見つめる。


山から滑り落ち、人間はそこに座り込んだ。両頬が赤黒く腫れている。なぜか朝とは違う服を着ていた。


「……っ……ぅ……」


わたしが無事だと知り、人間は泣いていた。


「……っ……ぅ……っ……」


ぱた。


ぱたぱたぱた…………


差し出された手の上に降りる。


何か余程の事情があるんだな。


自分を包む掌に頭を擦りつける。


ずっと知っていた温もりだ。


「あ…………」


声を殺して泣く人間に抱き締められた。





とても優しくて寂しくて、とても強い。





ꔰ ꔰ ꔰ ꔰ ꔰ


ナギ以外の人間なんて、実際どうでもよかった。


でも母の記憶の中にしかいない父もナギも人間なのに。


口にしてはいけないことを口にしてしまった。


大好きなナギに「獣人わたしひと(ナギ)は違う」と、自分で言ってしまった――――――――


元には戻れない。言ってしまった言葉はなかったことには出来ない。きっとあの朝のことは、ずっとしこりとなって残るのだと思う。ナギの顔が、まともに見られない。


でもその日、ナギが「誕生祝い」をしてくれた。


どんぐりの的入れを始めたら夢中になって、いつの間にか笑っていた。


わたしは半分怒っていたが、ナギはずっと笑っていて、気が付くと、あの日の以前まえみたいに自然に話していた。


なかったことにしよう。


そういうことなのか?


そうだな。それでいいのかもしれない。


肌の下に痛みが残るとしても、表面の傷が消えれば目には見えない。


でもわたしの誕生日を祝いながら、ナギは傷も痛みも消してくれた。


「――――――――ラスタ。ラスタが人間のことを好きじゃなくても、僕のことも好きじゃなくなっても別にいいんだ。僕がラスタを好きな気持ちは、ずっと変わらないから。大丈夫。」


そう言ってナギは優しく微笑わらってくれて、全部の傷が癒えていった。







この先獣人とひとがどうなったとしても、わたしはナギを好きだと思う。




第三章 終

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