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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
217/239

217. 夏服

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ナギと黒い服の女が次に接触したのは、その夜の物干し場だった。

 物干しロープが幾つも渡された部屋に入って、そこにいる筈のない人間の姿を見た時、思わず声を上げ掛けた。


 男の居住棟で黒い服の女を見るのはアメルダの輿入れの日以来で、今日で二回目だった。

 でもあの時と違って、見張りの男には驚く様子がない。ナギは何も聞かされていなかったが、今回は事前に話が付いているらしい。


 花嫁付きの女中がここにいた理由はすぐに分かった。

 女中は胸の前で白木の箱を捧げ持っていて、その箱の中に、金色の線が入った服が収められていた。


「夏服です。今日からこれを着るように。」


 なんの前置きもなく突き出された箱に絶句する。


 そろそろ暑くなり出したとは思っていた。でも夏服まで用意されているなんて。


 輿入れの荷物の中に入っていたのだとしたら、準備がよすぎだった。アメルダはそれだけ前からラスタの存在に気付いていたのではと思う。



  一体いつ。



 薄茶色の瞳が不審気に、異様に傷みの激しい少年の冬服を見ている。それはナギが夏服を拒みたい理由の一つだった。着るのに支障が出ない程度に服を傷め付けるのに、それなりに手が掛かっている。


 女中は服の傷みには言及しなかった。ただナギが躊躇する理由のもう一つは排除した。


「ヘルネス様もハンネス様も了承されています。」



  ハンネスが?!



 アメルダの行動に激高して自分を殺そうとまでしたハンネスが。


 にわかには信じられず、ナギは咄嗟に横に立っていた男を見やった。三十代くらいの使用人の男は不快気に視線を逸らしただけで、否定はしなかった。どうやら嘘ではないらしい。



  古着に戻れるかと思っていたのに。



 もちろん選択肢などないのだろう。やむを得ず、ナギは箱ごと夏服を受け取った。


 表向きの用事はそれで済んだのだろうが、黒い服の女は立ち去らなかった。



「決断は下しましたか。」

「………!」



 長くは待って貰えないと分かっていたが、井戸でのやり取りからまだ一日だ。ナギは小さく首を左右に振った。


 冷気を感じさせる表情で、女中が言葉を重ねる。



「急ぐべきでしょうね。あの娘を守りたいのなら。」

「――――――――――――――――!」



 少年の黒い瞳と、氷のような瞳が、真っ直ぐに睨み合った。

 女に向けられたナギの声と眼差しは、それまで見せたことがない程強かった。



「―――――――何かあったら、そちらも無事で済むとは思わないでください。」

「おいッ?!お前何言ってる?!」



 なんの話だか分かっていなかっただろうが、ナギが若奥様の女中に反抗したことだけは分かったのだろう。傍観していた使用人がナギの襟首を掴んで、強引に引く。


 鎖が跳ねる。


 ナギは左頬を殴られたが倒れはせず、箱も落とさなかった。


 その場所で踏みこらえ自分を睨んだ奴隷の少年を、ぞっとする程冷たい瞳が、ただ見返していた。


◇ ◇ ◇


 夏服は冬服とほぼ同じデザインだったが、素材が違っていて、かなり薄手だった。



 ぽんっ。



「服が変わったのか?!」

 今日はラスタは落ちて来ず、薄紫の巻きスカート姿で、ナギの目の高さの宙に現れた。


 苦く微笑わらってうなずくと、ナギは「帰宅」の挨拶をした。


「ただいま。」

「『おかえりなさい』だ。――――――殴られたのか?」

「大丈夫。大して痛くない。」


 左頬は少しだけ赤くなっていた。ラスタの表情に怒りが見えたが、殴られる瞬間に右を向いて上手く力を逃したので、本当に大した痛みはなかった。

 「大丈夫」ともう一度ナギがなだめると、竜人少女は不服顔をしながらも怒りを治め、それからしげしげと保護者の姿を眺めた。自分の服を、ナギがわざとぼろぼろにしていたことをラスタも知っている。


 小さな少女がだいぶ葛藤した様子を見せたあと、大真面目な表情で

「かっこいいが、いつもかっこいいぞ!」

と言った時には、少年は笑ってしまった。


 ラスタもほっとしたように笑いだし、少しだけ明るい気分になったところで、ナギは十分にはが届いていない場所を見上げた。


 小屋の強度が心配にならないでもないが、はりの上の収納は拡張を繰り返して、随分大きくなっている。


 館の倉庫から大量に物が運び出されているとラスタから聞かされた時はひやりとしたが、幸い、長年放置されていたとおぼしき古い布や食器が幾つか消えていることには、誰も気が付かなかったらしい。


 ただ館や村から物を調達するのが、これまでより難しくなったと思う。

 とは言え万全ではないにしても、必要と考えていた物は、既におおよそ揃っていた。



  なんとか準備は出来た――――――――――――



 あとはミルの体が快復すれば。


 微かな希望のがそこに灯っているかのように、少年は、闇に包まれている場所を見つめた。



◇ ◇ ◇


 翌朝。

 勝手口を入ったナギは目をみはり、その場所に立ち尽くした。


 驚いていたのはミルも同じだ。



「精霊が買い物に来るそうですよ」――――――――――――

 あの時黒い服の女が手にしていた大きな布包みが、一瞬で脳裏に甦る。



 どちらの顔にも喜びはなかった。



 少年と少女はただ不安気に、新しい服を着た互いの姿を見つめていた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ヴァルーダの中北部で始まった破壊は、それから徐々に周辺へと広がった。

 国の穀倉地帯でもある中北部は恐慌状態に陥り、領地の外からの人間の流入と領地の中からの流出を防ぐために、街道があちこちで封鎖された。


 元々特別な許可を持つ者を除いて、ヴァルーダでは平民の領地外への移転は制限されている。収穫の時期を目前にして領民が逃げ出すことなど、尚更許される筈もなかった。


 だが驚くべきことに、中には領主が率先して逃げてしまった領地もあった。


 ヴァルーダの支配者層にとって、これは信じられない出来事であった。


 国土の拡大が鈍り出してから、巨大な国では、領地の相続条件が年々厳しくなっていた。

 跡継ぎに関する妙な裏技が編み出されたのも、正式な夫婦の間の実子以外、相続が認められなくなったためだ。


 ちょっとした失敗で領地が没収されることも珍しくない。


 統治する地を放り出して逃げた領主が返り咲けることは絶対になく、命が助かったとしても、身分を剝奪されて刑罰が下される、厳しい未来が待っているだけだった。


ごめんなさい、第三章の完結は次回です……!(´>///<`;)

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