215. 暴かれること
「……精霊?」
「精霊じゃないかってみんなで言ってるだけですけどね。精霊が買い物していくんですよ。朝起きると店にお金が置いてあって、店の品物がなくなっているんだ。」
本当なんだよ、と古着屋の女房は、興奮気味に村で起きていることを語った。
少し前から、クロッスス村の店屋では不思議なことが続いていた。
最初に「事件」が起きたのは、金物屋と肉屋だった。
店主が朝起きて来ると、店のカウンターに銅貨が数枚置かれていたのだと言う。金を仕舞い忘れたか、それとも物取りでも入ったかと調べてみると、店の金に手は付けられておらず、覚えのない金がただ「湧いて出て」いたのだ。不審に思って更に調べてみると、店の鍋やら干し肉やらが、ほんの数点だけ減っていた。でも入り口や窓はきちんと施錠されていて、誰がいつ、どうやって店に入り込んだのか分からない。
「人間の仕業とは思えなくてね」
幾つかの店で同じことが起き、村の者達は「精霊か獣人の仕業だ」と言い合うようになった。
ただ獣人がこんなことをする理由がないし、こんな鄙びた田舎領地に獣人がいる筈もない。妙な部分で現実的に考えた村人達が疑ったのは、実在する獣人ではなく、伝説上の存在でしかない精霊の方だった。
不可思議で異常な出来事だったが、どの時も少し多めに銅貨が置かれていたので、村の住人達は不気味がるよりも「うちにも来てほしい」と言って、「精霊の買い物」を待ち望むようになった。
「うちの店にも何日か前に銅貨が置かれていたのよ」
女房はまくしたてるように話していたが、その口がふと止まった。
花嫁の女中は一言も喋らずに、じっと自分を見ていた。
黒い服の女は、そこまで相槌すら打っていなかった。
表情に乏しい女中だと思っていたがそうではない、と古着屋の女房は思い直した。
女中の薄茶色の瞳の中には人間らしい温度がなく、それはぞっとするような、「人間性に乏しい表情」だった。
「いい服って言ったらこれくらいしかありませんけど。」
急に事務的に、女房は言った。
客商売の人間らしい陽気さは消えていた。
この女中に関わらない方がいい。
そう思ったのだ。
◇ ◇ ◇
少し前に戻って来た荷馬車が、また門を出て行く。
どこへ向かうんだろう。
昨日の男がやっぱり西から来ていたことや、男に助けを求められたヘルネスが救援の品を搔き集めていることは、もう分かっていた。
実は「夕方には戻っていた」と言うラスタが、何かが起きたと気が付いて、自分とミルの無事を確認した後、昨日の内に館を偵察してくれていたのだ。
緑が波打つ麦畑を見渡すと、今日の当番の村人達が黙々と働いていた。
彼らはまだ、西方で起きていることを知らない。
いつもと同じ穏やかな景色の中で、少年は唾を飲み下した。
ゆっくりと首を絞められているかのようだった。
「ナギ!」
遠くから声を掛けられて、振り返った。
「昼飯に行けだとよ!!」
村人がそう、畑の縁に立つ監督役の言葉を中継した。
◇
門の手前で、ナギはちらりと後ろを振り返った。
いつどんな知らせが来ても不思議じゃない。
今は村からの道をやって来る人間が、全て気になった。
「!」
ぎくりとして足を止める。
麦畑の横を黒い服の女が歩いていて、女の目はナギを見据えていた。これだけ離れていても、ナギは女のその瞳の奥に冷気を感じた。
◇
井戸の横で待っていたナギの元に、花嫁の女中は無言で歩み寄って来た。
アメルダの女中と話している所を誰かに見られたらまずいとは分かっていたが、隠れて会っているところを見つかれば、もっとまずいことになる。ナギが井戸の横を選んだのは「水を飲もうとしていた」と、立ち止まっていることの言い訳が、一応は立つからだ―――――――――その言い訳が、通るとは思ってないが。
アメルダが何を知っていて、何を狙っているのか、知らなくちゃいけない。
近付いて来る女を体を強張らせ、少年は迎えた。
花嫁とこの女中のことをラスタは見張り続けてくれているが、何も掴めないままだ。
アメルダがミルを襲った理由も。
だが味方ではなくても敵ではないのなら、花嫁が仲間捜しと脱出の助けになる可能性はある。
表情がない、だが冷気を感じさせる瞳がこちらを見ていた。
村で買い物でもして来たのか、女中は胸に大きな布包みを抱いていた。
読んで下さっている方、今日たまたま読んで下さった方、本当にありがとうございます!
短めですが、なんとか更新出来ました……!
次かその次で、第三章は(ようやく)完結する見込みです。
 




