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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
213/239

213. 少女の帰宅、迫る闇

 身の危険があるとすれば、ラスタよりナギの方だった。

「『おかえりなさい』と『ただいま』だ。」

 ナギは思わず腕に力を込め直した。耳元で聞こえたその声が、涙声に思えたのだ。



 温かな体。

 頬に互いの息が触れる。



 無事だった。



 ナギの肩にかじりつくようにしていた小さな竜人は、数秒を置いてようやく顔を上げた。


「よかった。ナギもミルも無事だったな!」


 少し不意を突かれて、目をみはる。


 振り返ってみると、ラスタは肝心な所では、いつもミルのことも考えてくれていた。


 ラスタがいなければナギがミルの様子を確認できるのは朝の一度だけで、次の朝まではずっと不安の中だ。

 今夜はミルが無事だと聞けてほっとする。胸に安堵と感謝の思いが満ちた。


「ごはんはちゃんと食べられた?」

「うむ!」


 心配していたことを尋ねると、ナギの腕に抱えられたまま小さな少女が胸を張った。


 つい吹き出した。


  ああ、ラスタだ―――――――――……!


 張り詰めた二日間が、一気にほぐれていった。



 計画を詰め出した時に、ラスタが寝る場所はなんとかなりそうだとは思っていた。


 獣人の記憶と「配達局」の地図で、ヴァルーダ人の婚礼と葬儀を執り行っているらしい神殿が、ほぼ集落ごとにあると分かっていたからだ。


 竜人少女曰く「宗教は割と変わらない」そうで、獣人達の記憶には、人間の宗教のことは、詳細に記録されていた。


 ヴァルーダの神殿には聖職者達が常駐していること。彼らが寝起きするための個室があること。個室には、大抵余剰があること――――――――そうと分かったあとは、クロッスス村の神殿に下見にも行った。


 結果として神殿が少女の宿の第一候補となったが、本物の宿だってどこにでもありそうだとも期待した。空き部屋を見極めるのがちょっと難しいかもしれないが、領民達が「貧乏領地」と自虐するブワイエ領の村にさえ宿があるのだから。

 ここよりまともな、人間らしい場所で寝られそうだと宿については安心してすらいた。


 問題だったのはラスタのごはんだ。

 食べる瞬間だけは、ラスタは姿を現さなければならない。


 ラスタがいつも丘の反対側を狩り場にしているのは、「そこが一番人目がない」からだった。館が建つこの丘は、多分丸ごとブワイエ家の敷地なのだと思う。丘は館の牛と馬達が放牧されている場所で、ラスタが言うには、反対側の斜面はほぼ一日じゅう無人であるらしいのだ。


 人里を通りながら、そんな都合のいい狩り場を常に見付けられる保証はない。

 

 悩んだナギが目を付けたのは、川だった。

 館の地図と「配達局」の地図には、ブワイエ領を流れる川が描き込まれていた。



  川の中でごはんを食べられたら……?



「ラスタは水の中でも食べられたりする?」

氷の中でも炎の中でも平気だと言う竜人少女に尋ねてみると、少女の答えは

「出来なくはないな」

だった。


 黒竜が普段魚を獲っている川は、ほぼそのまま偵察の経路と一致する。その川は北の森とクロッスス村を通って街道に沿うようにして流れ、ずっと南でトラム・ロウ河に合流していたのだ。


 水の中なら岸辺や浅瀬でさえなければ、もし目撃されても竜とは分からない筈だ。


「なるほどな!」


 竜人少女はをきらきらとさせて、何か楽し気にその案を採用してくれた。


 川の中で食事を摂り、神殿で夜を過ごして、そうしてラスタは、一泊の偵察の旅を成功させてくれたのだ。



 腕の中に帰って来たラスタは、光に当たると金色に煌めいて見える薄黄色のズボン姿だった。

 ほとんど二日ぶりのラスタの姿をまだ見ていたい思いはあったが、二人で「部屋」に上がると、ナギはやっぱり明かりは消した。

 闇が落ちたが、意外にもナギは、ラスタの「帰宅」を改めて嚙み締めることが出来た。


 暗闇に青い光が灯るのを見た時、小さな少女がいると安堵した。

 それなのにどうしてか、どこか胸が苦しくなった。



 少し落ち着くと、「ナギの考え通りだったぞ」と、竜人少女は結果を話し出してくれた。


「地図の道は舗装されていて、『配達局』は道沿いにあった。南へ向かいながら『配達局』は四軒見て来た。」

「四軒も?!」



 偵察の成果は上々だった。



「地図にない道でも舗装されていることがあるが、そういう道との合流地点には石柱状の標識が建っていて、迷う心配は少ない」「どの『配達局』でも地図が貼られていて道順を確認しながら進めるし、その周囲の地理も把握出来る」


 ラスタの報告は、希望を失いそうになっていたナギを力付けた。


 もしかしたら、想像より早くガルフォンに辿り着けるかもしれない、と思った。



 奴隷商人を見付けられるかもしれないと思った冬の夜。



「ミルを家に送り届けた後、自分だけヴァルーダに戻りたい。」



 そう告げると、竜人少女は「本気か」と言って目を丸くした。


 当てもなく歩いて十三人を見付け出すのはほぼ不可能だと思ったが、居場所が分かっているなら話は別だ。

 ただラスタが小さい間にしか出来ないことだった。



 竜人少女はその時、胸が痛くなるような眩い笑顔でナギの願いを聞き届けてくれた。



 それからわずかの間に、だが状況はがらりと変わってしまった。


 もしかしたら、ヤナかヴァルーダのどちらかが地図から姿を消すかもしれない。

 いつどうやって知ったのかも分からなかったが、ラスタに気付いていると思える花嫁の存在も脅威だった。


 明日あすどうなるかも分からないくらい、未来は今不確実だ。



 考えに考えて、奴隷商人の所在はやはり突き止めておくべきだと思った。

 この未来さきで仲間をたすける機会を掴み取ったとしても、居場所が分からなければ始まらないだろう。



 この日ナギはラスタの成果のお蔭で、頭の中のヴァルーダの地図と未来の予想図に、たくさんの情報を書き加えることが出来た。


 見えない未来を必死で見通しながら、この場にミルがいないことが辛いと思った。ミルは自分とは違う希望を持つかもしれないのに、それを聴くことが出来ない。


 ただミルの考えがどうであったとしても、未来がどう転んだとしても、ミルをここに置いておく選択肢だけはナギにはなかった。




◇ ◇ ◇


 その頃館では、老母の実家を救援するための物資が搔き集められていた。


 即座に用意出来るものなど、品物も量もたかが知れている。

 「素早さ」がブワイエ家にとっては、態のいい言い訳になるのだ。


 一階の倉庫で死蔵品を運び出させていたヘルネスの元に、ハンネスに付いて二階を担当していたクライヴがやって来た。シーツや古着をまとめて、そこに添える目録も完成させたと言う。


 領主は渋い顔でうなずいた。


「ハンネスとアメルダはなんとかならんか。」


 唐突だった。倉庫の前の廊下で、養育係は困惑した。


「攻撃の広がり方次第では、ゴルチエ家を頼ることになるかもしれん。やはりゴルチエとの繋がりは大きい。」


 家長の言葉に、クライヴは表情を強張らせた。

 

 ヘルネスの心に種を蒔いておくいい機会かもしれない。

 アメルダと離縁せず、跡継ぎを得る方法。

 相手探しは水面下で進めておくつもりだったが、いずれは家長の許可がいる。



「何か別の道も考えておいた方がいいやもしれませぬ。」



 婚儀からまだふた月経っていなかった。普通であれば、勇み足が過ぎると不興を被りかねない。養育係が続きを告げなかったので領主はもの問いたげに相手を見やったが、しばらくして思い至ったようで、それから考え込む顔をした。



 ダイニングルームの前を通り過ぎ、お付きの女中を後ろに従えて、跡継ぎ息子の妻は北棟に向かって歩いていた。

 領主の母の実家から使者が来て騒ぎとなっているのは知っていて、館の慌ただしい様子を、アメルダは確認して回っていた。


 北棟へと廊下を折れようとした時に、若夫人ははっとして身を引いた。


 老女中の部屋の前でも作業が行われていた。


 薬や包帯の余剰があれば支援品としてまとめるようにと命じられたゲートリーデが、ミルと共に小さな壺や木箱を運び出しては、廊下に停めたワゴンに積み上げていた。


 そしてその手前に、なぜかアメルダの「夫」が立っていた。



 右腕の湿布を替えさせに来たハンネスは、治療が終わった後も立ち去るでもなく手伝うでもなく、ただ作業を眺めていたのだ。


 いつの間にやら、ミルは薬草や薬の名前を覚えてしまったようだった。


 ゲートリーデがぼそりと薬の名を呟くと、ミルはほとんど迷わずに壺や木箱を手に取り、部屋から運び出していた。



 ハンネスはアメルダに背中を向けていたが、横顔は見えていた。


 ハンネスの視線は、奴隷の娘にじっと注がれ続けていた。



「ふうん……」



 興味深げに、アメルダはしばらくその様子を見つめていた。



来週はもしかしたらお休みするかもしれません……m(_ _;)mごめんなさい……

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