21. 二人の希望と絶望
この先自分が置かれるのだろう境遇を知ったら、ミルは絶望してしまうのではないだろうか。
数瞬、ナギは言葉に迷った。
いずれ分かることとは言え、それは今日ではない方がいい――――――――――そう思い、ナギは今は事実の全部は告げないことにした。
「――――――――――館の外の小屋だよ。」
「――――――――――体が治ったら、わたしもそこに?」
ミルが真剣な表情で更に尋ねてきた時、複数の理由で、少年は少しだけ動揺した。
「――――――――――分からない。ここの奴隷はずっと僕だけで、女の子の奴隷はいたことがないから。」
ミルは小さく目を瞠り、ナギを見やった。
たった一人で、ナギは三年をここで耐えきった――――――――――
ナギのその言葉は、ミルの心の中に絶望と希望の両方を、複雑に折り重ねた。
少しの間視線を合わせ、二人は互いを見つめた。
それからミルは、黙って頷いた。
三年を、一人で耐えてきたナギ――――――――――――――
ナギと潜って行きたいと、ミルは思った。
二人分に増えた、希望と絶望を。
それからしばらく、故意に見えない程度に、二人はゆっくり床を片づけた。
彼らの会話は何度も女中に聞き咎められて、何度も遮られた。
それでもその目を盗むようにして、ナギとミルは、囁くように、短い言葉を幾度も交わした。
限られた時間の中で、互いに少しでも多くを知ろうとしていた。
だがそれも、いつまでもは続かなかった。
とうとう女中が、ヒステリックに二人を怒鳴りつけた。
「気持ちの悪い言葉でこれ以上喋るんじゃないわよ!!」
さすがに潮時のようだ。
この時のミルとの会話で、女中もナギも、初めて気付いたことがある。
虐げている奴隷達に、知らない言葉で会話されることは使役者にとって、不気味で、恐ろしいことなのだ。
――――――――ミルを買った時、へルネスも、そこまで考えていなかったのではないだろうか。
ミルと会わせて貰えなくなったらいけない。
館の人間を緊張させるのは、得策ではない。
「椅子に戻って。」
不安そうな表情をしたミルに小声でそう伝え、貴重だった時間を遂に切り上げて、ナギはようやく立ち上がった。
割れた卵の始末を含めて、これ以上の掃除には、物置きにあるモップや雑巾が必要だ。
ミルが自分の作業に戻るのを見届け、食べられそうな物を回収した皿と盆を調理台に置いてから、ナギは一人で物置きに向かった。
館の台所の物置きは、昨日初めて目にした使用人部屋より大きい。掃除道具の他に、油や洗剤や鍋といった物が、乱雑に詰め込まれている。
中に入ると、ナギはそこで少しだけ息を整えた。
納屋と牛小屋では、今頃何が起こっているのだろう。
息も苦しくなるような緊張を感じたが、まだ何かの騒ぎが起きている気配はなかった。
少年奴隷がモップやバケツを持って台所に戻ると、ジェイコブが帰って来ていた。
調理台の上を見ると、朝食の皿は、盆ごとなくなっていた。
ミルが張り裂けそうな程に目を見開いて、泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。
毎日ぎりぎり更新の闘い――――――――――
読んで下さった方、本当にありがとうございます!




