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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
207/239

207. 竜人少女と少年が見つけた道

 緑の平原と森。

 空を映しながら流れる川。

 点在する町や村。

 そして人里をつなぐように伸びて行く白い線――――――――――――


 視界がある昼にラスタとずっと上空うえまで昇れれば、きっとこの国は、そんな風に見えるのだろう。


 掴んだ手掛かりを拾い集め、ナギはその景色を思い描いた。


 その時にはもう理解していた。


 この白い線がこの国の血管なのだと。



 執務室の地図。番所の絵地図。「配達局」で見付けた二枚の地図。



 それぞれ違ったが、組み合わせると国の姿になった。



  多分そういうことなんだ――――――――――――――



 断定までは出来なかった。でも一定の裏付けは、すぐに取れた。小さな相棒は、空から見たこの国の景色を知っていた。


 あかの中に浮かび上がった、二枚の地図。


 配達の仕組みや料金などを調べるために潜入した「配達局」は、予想外の情報の宝庫だった。




 あの夜、番所の奥の扉を開けた時、一瞬ナギは引き返すべきか迷った。

 扉の奥は期待していたものと少し違っていて、短い廊下だったからだ。


  やっぱり、外から廻るしかないのかな―――――――――――――


 石造りの平屋の建物には、広場に面した入り口が二つあった。施錠されていない筈がないと思ったが、もう一つの入り口は、ナギ達が入った入り口より明らかに大きくて立派だった。


 建物の大きさを考えても番所が占める空間がこれだけだとするのなら、「配達局」に、番所が間借りしているといった印象だ。


 ラスタに再び灯して貰ったランタンを掲げると、廊下の右側に扉が二つ見えた。そして左の壁面を見ると四角いうろが口を開けていて、廊下がそちらへ折れていると気が付く。



 静まり返っている。



 これだけの騒ぎがあっても動きのない場所には、多分誰もいないと思えたが、確証はない。


 足音を忍ばせ、ナギは慎重に前へと踏み出した。定位置の肩の上に戻った竜人少女は、何か楽しそうに身を乗り出していた。


 ほんの三歩しか歩かなかった。折れた廊下の先を照らすとまた短い廊下があって、その突き当りは白い扉だった。建物のもう一つの入り口が「配達局」だとするのなら、「配達局」はこの方向にある筈だ。


「……開けてみる。」

「うむっ。」


 今度はたったの二歩だった。

 わずかな距離で突き当たった扉に左耳を着けて様子を探ったナギは、それからそっと左手でノブを回した。


 ガチャッ。


「……」


 てのひらに拒絶が伝わる。

 鍵が掛かっていた。


「開けるか?」

「……お願い。」


 意味合いは違うが、番所も「配達局」も二人の強い注意を引く場所だ。出来ればこの建物の構造を把握しておきたかった。


 少年の言葉を聞き届けた竜人少女は、一秒で鍵を突破してくれた。



 ――――――――がちゃり。



 開錠の音。ナギは静かに扉を引いた。


 ランタンを掲げる。


 あかが暗闇を侵食した。


 息を飲んだ。


 目の前は、こちら側に押し迫って来るかのような大きな棚だった。


 木と紙の匂いがする。


 格子状に仕切られた棚の所々に、封筒が平積みにされて差し込まれている。



 「配達局」だ。



 棚の手前に台車が一台と、車輪付きの木箱が二つ、置き去りにされている。



  手紙を送れる人間が、こんなにいるんだ。



 封筒の数が示唆する事実が、ナギを圧倒した。



「ナギ!」

 ラスタの明るい声が上から聞こえる。

「うん……」

 目的の場所に辿り着いた。

 小さな相棒にうなずくと、ナギは室内をぐるりと照らした。


 板張りの床。棚の後ろにもう一つ棚がある。目の前の棚より更に一回り大きくて、そちらはどうやら壁付けだ。そこがこの方向の端らしい。


 右を見ると、そちらもすぐに壁だった。入り口の扉と並ぶ位置にもう一つ扉があったが、中の大きさを考えると、多分そこは部屋ではなくて収納だろう。


 真っ暗な部屋に、人の気配はなかった。



  通いなのか―――――――――――――――



 だから番所が併設されているのかもしれない、と気が付く。


 ナギの里では、店や施設は大抵住居兼用で、そこで働く人間が暮らしていた。ヤマメの家は瀬戸物屋だし、タケルの家は金物屋だ。

 友達の家へ行くと、友達のお父さんやお母さんが帳簿を拡げているのを目にすることがあり、その頃の経験が、ナギの注意をブワイエ家の帳簿に向かわせたのだ。


 でもこの平屋の建物には、住居用のスペースはなさそうだった。


 もちろん無人だとはまだ決め付けられないし、無人だったとしても夜警の男達が戻って来るまでの間だ。


 小さく息をき、少年が体から緊張を押し出したその時。



「ナギ!また地図があるぞ。」

「えっ?!」




 番所との間の扉も閉めて、壁に貼られた二枚の地図と向き合った。


 ラスタが横並びに貼られた地図の間にランタンを浮かべてくれたので、ナギは手許を気にすることなく地図に向き合うことが出来た。


 入って来た場所から見て左、ちょうど二つの棚の向こうに隠れるようにして地図は貼られていた。


 地図の左横に隣の部屋に繋がる扉があったが、そこは「配達局」の、おそらく受付けなのだと思う。扉を開けると、部屋を奥と手前の二つに仕切るカウンターの内側に出た。カウンターの反対側に広場に出る筈の扉が見えたが、やっぱり施錠されていて、室内は真っ暗で、無人だった。


 少なくとも「配達局」は夜間は無人で、番所との間の扉にも鍵が掛けられている。

 この日の内にそれが分かっただけでも幸運だった。


 だがこの日二人が掴み取った幸運は、それだけではなかった。


 二種類の地図。


 左の一枚は、ブワイエ領の詳細な地図だった。

 執務室の地図で、ブワイエ領が東西に細長い形をしていることは分かっていたが、ブワイエ家の館が領地の西端に近い場所にあることを、この時にナギは初めて把握した。


 もう一枚の地図は、白地に黒い線が描き込まれただけの略図のような地図だった。

 ヴァルーダ全土の地図だったが、国の形を正確に写し取ることを重視していない。山も川も描かれていない地図。


 それが今までで一番重要な地図だった。


 網の目のように張り巡らされた線に、既視感があった。

 執務室の地図で見た、この国の主要な道路網とおそらく同じ形だ。でも線上のたくさんの円は、執務室の地図にはなかった。


 大きさの異なる円一つ一つの内側と外側に、文字が記されている。


「都市名―――――?」

「円の外に書かれているのは地名だが、円の中は数字だな。」


 ナギの頭の高さの宙に、胡坐あぐらで座っていたラスタが答えてくれる。


「数字……?」


  なんの?

  いや、もしかして―――――――――――――――――――



 一つだけ朱色の丸がある。

 その横に書かれた三行の文字の一行目が「ブワイエ領」であることは、ナギにももう分かった。


 二行目と三行目をラスタに尋ねると、

「領主所在地」

「クロッスス村」

だった。


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