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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
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200. 襲うもの襲われるもの

 鼓膜をつんざく忌々しい声がする。

 真っ暗だ。


  疲れているのに。


 光のない時間に目が覚めてしまったことに、ナギは自分で困惑した。


「―――――――――――――――――――――」


 眠りが浅くなってしまった原因には、すぐに思い至った。

 自分はかなり気が立っている。



  ミル―――――――――――――――――――



 重りを置かれたように、胸が苦しくなる。



  一体誰が。なんの目的で。

  どうして鍵が見つからない。



 鍵が独りでに消える訳はないのだから、誰かが書庫から持ち去ったのだ。

 それが執務室に戻されない理由が分からない。


 心が搔き乱される。


 少しでも寝なければと思うのに、暴力的な鶏の声と牛が蠢く微かな音が神経を逆立てて、眠りに戻れない。


  どっちみち何も見えない。


 もう目を閉じる気にもなれず、少年はじっと暗闇を見つめた。焦燥感に駆られて体を起こしたくなるが、それはこらえる。



 左腕の中に柔らかな存在がある。


  温かい。


 静かで規則正しい呼吸の音を聞いていると、逆立つ気持ちがほっと安らいだ。



 熟睡しているように思えるのだが、竜は意識の一部が常に起きているのだという。


 人間のナギには想像も出来ない話であるが、だからラスタは、異変を感じるとすぐに目を覚ます。でもそれは、睡眠の不要を意味している訳ではないと少女は言っていた。


 小さなラスタの睡眠時間をこれ以上削りたくない。


 見えない竜を見つめながら、少年は起きた瞬間の体勢のまま身じろぎしないように努力した。


 あれから二人で、毎日のように村への潜入を繰り返している。

 ラスタは昼間は、鍵捜しもしてくれていた。



「………」



 鍵が元の場所に戻されていれば、ここまで不安にはならなかった。


 執務室も、ハンネスの部屋も、クライヴの部屋も、アメルダの部屋も捜した。ヘルネスの部屋も。


 物を透かして見ることが出来る竜人少女がいても捜し物は容易ではないのだと、お蔭でナギは思い知った。


 鍵束くらいの物だとどこへでも仕舞えるし、隠せる。一つ一つの引き出しや棚、クローゼットや服のポケットの中、果てはベッドの下から家具と壁の隙間まで捜すのは、物が透けて見えても大変なことだった。館の全ての場所を片端から捜すとなると、大捜索になるだろう。


  もしかしたらジェイコブが………?


 考えたくもないことが次々と頭に浮かぶ。

 鍵が持ち去られている理由が分からないことが、恐怖だった。


 一度はミルを失ってしまうのではないかと思った事件だったが、ミルがまだ老女中の部屋にいられることが、今となっては幸いだった。自分とラスタが連日村に行けるのも、ミルに見張りが付いているという安心感があるからだ。


 でもミルが地下牢に戻される日は、そう先のことではないだろう。



  またあんな地下牢ばしょへ………



 唇を引き結び、少年が感情を噛み殺した、その時。



「?!」



 一瞬だけ、高い位置にある窓の外が仄かに明るくなった。だがすぐに闇に戻る。ほとんど同時に、腕の中で小さな竜がぴくりと動いた。


 竜がすっと首を伸ばして、窓を見上げる。



 どぉぉぉぉぉぉ………



 遠くで微かに、そんな音が聞こえた。



「ラスタ?」



  今のは、雷?



 鶏がパニックを起こしたかのようにけたたましく騒ぎ、牛達が落ち着きを失って鳴く。


 闇に包まれた小屋の中で、青い光が灯っている。



  まさか。



 体を起こす。



「ラスタ…………」



 呼び掛けた声が、強張った。


 数秒の間、ただじっと北西の方角を見つめていた光の位置が、唐突に変化した。黒竜が人の姿をとったのだ。青い瞳は、半身を起こしたナギの瞳の位置より高くなった。

 なおも数秒北西を見つめてから振り返ると、竜人少女は腰を降ろし、闇の中で少年に向き合った。



「――――――――また攻撃が始まったみたいだ。」


  やはり。


「また雨を……?!」

「――――――――いや、今度は多分、風だ。」

「風?!」



  ラスタ―――――――――――――――――?



 青い瞳と幼い声が、いつになく緊張している。



 と。



「お空っでっ、お星さま……」



 顔を伏せ、竜人少女がぶつぶつと歌い出し、少年は絶句した。少女がようやく目を上げたのは、ナギが「もう寝よう」と言いそうになった頃だ。


 牛と鶏も少し落ち着きを取り戻している。

 窓の外は暗いままだし、大気が唸るような音がきこえたのも先刻さっきの一度きりだ。


 だが闇の中の少女の表情は、硬かった。



「――――――――――竜巻かもしれない。牛小屋ここからだと見えないが――――――――そろそろ水害のあった場所に救援が入ったり、被害に遭った人間達が助けを求めて近くの領地に逃れたりしてるだろう――――――――――そこを狙ったのかもしれない。」

「――――――――――――――――」


 息を飲む。



  戦の「記憶」――――――――――――?



 小さな少女の戦術家のような推察は、ナギの胸を刺した。



 獣人達は――――――――――――まだ1歳のラスタは、どんな「記憶」を抱えているんだろう。



 そしてラスタの今の推測が当たっているとするのなら。



  なんてむご



 少年の顔から、血の気が引く。


 でもたくさんの国を容赦なく蹂躙してきたこの巨大な国を攻めようというのなら、情けを持つのは自殺行為だろうとも思う。


 ラスタの推測は、そこで終わらなかった。


「………そうじゃなければ、橋を落とすのかもしれないな。」

「橋を………!」


 たった二つしかない橋の内の一つが落ちるのは、確かに打撃が大きいだろう。



 でも何か違和感がある。



「――――――――――――――――――――」



 なぜ最初にそれをやらなかった?

 橋より上流で雨を降らせれば、それで橋も落とせていたかもしれないのに。水害は、トラム・ロウの北の橋より下流で起こっていた。



「――――――――――あの場所に何かの目標があったのか、そうでなければなるべく下流まで氾濫させたかったのかもしれないな。北の国境からだと、獣人達があの場所より南に雲を作るのは無理だろう。あの場所が限界だったと思う。」

「――――――――――狙える範囲で、一番南を攻めたってこと?」

「それが橋を落とすより重要なことだったのかもしれない。国境からあれだけ遠い場所に複数の獣人の力を集めて何日も雨を降らせるのは、物凄く大変だった筈なんだ。何度も出来ぬはずの攻撃で、橋を落とすより氾濫を優先させている。」



  「なるべく下流まで」………



 そういえば水害の被害はどのくらいの範囲まで及んだんだろう。もしかしたら自分が思っているより、遠くまで氾濫しているのかもしれない。



「―――――――――――――――――ナギ。」



  まだ重要な話がある。



 ラスタのその声の色に、少年ははっとした。


 小さな竜人は、少しだけ言い淀んだ。




 そして竜人少女は、言葉を接いだ。



「――――――――――あれだけ遠く離れた場所に獣人の力を集めて大雨を降らすのも、大風を起こすのも、物凄く難しいんだ。大気を操れる強力な獣人が何人も要る―――――――――大陸の北側に、そんなに強力な獣人を何人も抱えている国があるか?」

「―――――――――――――――――――」




 血が逆流でもしたのか、体の中でずん、という音が聞こえた。





  まさか――――――――――――――――――――――――――――





まさかの200話到達…………

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