20. 命懸けの勝負
牛小屋にはそろそろ人の出入りがある。
牛乳の売買が行われるのだ。
牛乳は毎日館で消費しきれない程採れるので、余剰分が領地の乳加工業者に払い下げられている。一日二回、朝夕に荷車を引いた業者が牛小屋まで来て、ナギが牛乳を詰めた甕を引き取り、館の使用人がその場で代金を徴収しているのだ。
竜が見つかる恐れが一番高いのは、この売買の時だと思った。
物音や人の声を聞いた竜が、納屋の扉を嘴で叩かない保証はなかった。
その時はいっそ見つかった方がいいとは思っているが、納屋の中から人間の赤ちゃんの声がしている可能性だってある。
木の椀や水を張った桶を置いてきたから、竜が見つかれば、ナギが関わっていることもすぐにばれるだろう。
もう見つかっているかもしれない。
今にも人が騒ぎだすのでは。
耳を澄ませながら、ナギは目の前の少女を見つめた。
緊張で喉の奥が乾く。
勝算が少ないことを覚悟の上で始めた命懸けの勝負だが、出来るなら、彼女をここに一人で残したくないと思う。
互いに知りたいことが沢山あった。
「座っていた方がいい。」
ナギは止めたが、それからミルは少年と一緒に床に屈んだ。
「治療はちゃんとして貰ってる?」
「うん。」
結局二人はナギの朝食だった物を拾い集めながら、昨日から今日までのことを囁くような小声で報告し合った。
途切れ途切れに少女と言葉を交わしながら、ナギはパンや野菜のまだ食べられそうな物は、片付けると言うより皿に戻していた。
ナギが命を賭けて挑んでいる勝負は、負けが決まらぬ限りは誰にも知られてはならなかった。
だから今日一日をいつも通りに終えるつもりでナギは行動した。
食べなければ、もう体が持たなかった。日暮れまで休みなく肉体労働が続く。
床に落ちた物を犬のように食べるのは惨めだ。
ミルの前でそんな姿を、本当は見せたくない。
だが今食べなければ、自分は多分夕方までに倒れると思った。
少年が単純に床を綺麗にしようとしている訳ではないことに、少女はすぐに気付いた。
だが怖くて、ミルは口に出しては尋ねられなかった。
もしかしてナギはもう、朝食を貰えないの?
ミルはただナギと同じように、食べられそうな物をそのまま皿に戻して行った。
代償は大きかったが、ミルに一応の治療や食事が与えられていると知り、ナギは少しだけほっとしてもいた。
が―――――――――――――――
「ナギの部屋はどこなの?」
ミルにそう訊かれた時、ナギは言葉に詰まった。
済みません、短か目の滑り込み更新です!




