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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
183/239

183. 潜入と子守唄

◇ ◇ ◇


 ………ふうーっ…………


 体の中から緊張を押し出すように、闇の中でナギは微かに息をいた。


 たんっ、と軽い音がしただけで、衝撃もほとんどなかった。


 三カ月ぶりの、二度目の潜入。


 初めてとあまり変わりないと思えたが、ナギの体は距離感を覚えていた。傍目にも上手い着地だったらしい。


「見えてるみたいだなっ!」


 竜人の少女が青いを見開いて感心してくれる。極度の緊張が、お蔭で少しだけ緩んだ。ほんの少し前の感動を、噛み締める余裕が生まれる。


「空中移動、上手く行ったね……さすが。」

「うむっ!」


 少年の言葉に、青い光は嬉しそうに笑った。



 この日ナギは、初めて牛小屋の外を飛んだ。



 竜人の少女に宙を運んで貰えるメリットは大きい。


 人間のナギが見えない闇を迷わず移動出来るし、足音も立てず、足跡も残さない。


 初挑戦だったこの日は、万が一にも中に落ちたらまずい花壇の手前で地面に降りたが、ナギが館の中まで宙を運んで貰えるようになるまでそれから時間は掛からなかった―――――――――――



 だがそんな実利の話ばかりではなくて。



 何も見えなかったが、それでも体に受ける風と、木戸の上を飛んで越える初めての経験は、16歳の少年を感動させた。



 その後の潜入で、昼間の様子をよく把握してない場所を飛ぶ時は何かにぶつかるんじゃないかと怖かったけど………。



 ―――――――――――――緊張が微かに緩んだその時間は短かった。


 頭上で空気が動きカーテンが閉まったと感じた時、ナギは全身を強張らせた。


 ふっとオレンジ色の光が灯り、視界が生じる。

 どきりとした。

 やはり咄嗟に後ろを振り返り、カーテンを確認する。部屋を照らすのには全く足りないわずかな光だが、恐怖は大きい。


 緋色のカーテンはしっかりと閉まっていた。


 でもカーテン一枚では、光が漏れることを完全には防げない。


 今から始めることは前回よりずっと危険だ。



 蝋の臭いがする。


 あの時はハンネスも燭台を持っていたし、泥酔していたから気が付かなかっただろうが、もしもの時は、火を灯した痕跡だってすぐには消せない。



「…………」



 正面に向き直ると、前回と同じ、洞穴のような闇があった。

 心臓がばくばくしているが、この危険を採る覚悟をしたのは自分だ。



  ラスタは―――――――――――――――――――――



 身を低くして、少年は立ち上がった。

 相棒は、暗闇の中をろうそくを灯しに机の反対側に廻って行った。低い姿勢を保ったまま、ラスタと合流しようと机の右側へと廻り込み――――――――――――



「うっ……………」



 悲鳴を上げそうになる。


 がたがたっ。


「ナギ?!」


 悲鳴はこらえたが、机にぶつかりながら少年は膝を付いていた。


 藍色のズボン姿の少女は、机の脇にしゃがみ込んでいた。



 そうか、と思う。



 背が伸びたから、ラスタもちゃんと身を屈めていたのだ。それに今日はこの辺りが作業場所になる筈だから、ラスタがここで待っているのは不思議じゃない。


「ごめん、ここにいると思わなくて―――――――あかり、ありがとう。」

「まずかったか?」


 きちんと待機していた少女に、困惑顔で尋ねられておかしくなる。

 小さく微笑わらいながら、ナギは首を左右に振った。


 多分、部屋の外に響く程の音ではなかっただろう。緊張が、また少し和らいだ。



 室内を見渡す。


 大きな執務机。絨毯の敷かれた床。棚に挟まれた暖炉。


 仄暗い灯りの中に見える部屋は、初めて潜入した日とほとんど同じだった。



  急ごう。



 長居する程危険は増す。


 その扉を、少年は振り返った。



「ラスタ―――――――――――――頼むよ。」

「うむっ。」



 がちゃり。



 そんな音がしたあと、白い扉は、静かに開いた。




 深く息を吸う。


 目的は棚の中の書類だ。


 だが一番最初に、ナギのはちらりと扉の裏の鍵の列に向いた。



「――――――――――――――――――――――――」



 下段の、右端の鍵束。


 その場所は空席のままだ。


 一応あれから毎日、ナギはラスタに書庫を確認して貰っていた。書庫に隠した鍵は未だに発見されておらず、だからこの場所には戻って来ていない。



  いっそどこかへ捨ててしまった方が。



 領主の館の地下牢は今は使われていないということなのか、ブワイエ家が新しく鍵を作り直す様子はない。ならあの鍵を捨ててしまった方が、ミルをより確実に守れるのではないかとナギは何度か悩んだ。


 ただもし見つかった時に、「泥酔したハンネスの仕業」に出来ない場所はまずかった。



「………」



 空席を見つめ、少年が数秒沈黙していたその時。

 微かな声が隣から聞こえた。




「お空っで、お星さまっ………」




 ようやく聞こえるくらいの微かな声だったが、目をみはり、ナギは左側の少女を振り向いた。



「ラスタ――――――――――――――――――――――――眠いの?」

 問われた竜人の少女がかぶりを振る。

「大丈夫だっ。大きくなったからなっ。」

「大きくって――――――――――――――――――――」



 実年齢は1歳だし、見た目だって人間で言うと10歳くらいだ。


 前回の潜入の時より、今日の方が時間が遅い。



  中止すべきかもしれない。



 小さな少女を、少年は見つめた。


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