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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
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180. 夜明けの小屋

 ちゃんと訊くべきだったのかもしれない。

 だがナギが何かを言う前に、ラスタの方が先に口を開いた。


「もう少し大きくなりたかったな。」


 細く長い腕を胸の前で幾度も動かして、竜人の少女は自分の手や腕をしげしげと眺めていた。

 少女のその言葉をナギは微笑んで受け止めたが、胸の奥がやはり苦しかった。

 口には出さなかったが、この時ナギは、ラスタとは反対のことを思っていた。


 仄白い夜明けの光の中に、昨日きのうまでとは姿の違う少女が立っている。

 たった三カ月で、竜人の少女は人間の子供数年分の成長を遂げていた。



 次の成長がいつになるのか、その時にどれだけ大きくなって、どんな力が発現するのか、ラスタ自身にも「はっきりとは分からない」、とナギは聞かされている。

 合いの子の獣人の成長には個人差がある上に、竜人と人間の合いの子はたった四度しか前例がないために、確かなことが分からないのだと言う。


 わずかな前例でも「同族ゆえに微かに記憶されている」と言うだけよかったが、四人はやはり、基準にするには乏しい数だ。



「――――――――――竜の方は?」

 微笑えがおのまま、ナギは結局別のことを尋ねたが、心の底に立つ波を隠そうとしたせいか、変に平坦な声が出た。

 だが竜人の少女が違和感を抱く程ではなかっただろう。

「うむ!」

 嬉しそうにそううなずいて、ラスタは即座に姿を消した。


 次の瞬間。


「!」


 少女がいた場所に現れた黒い竜を見て、ナギは目をみはった。



 青く煌めく瞳を持つ、輝くような漆黒の竜。


 もう「新種の何か」には見えない。


 その姿は、はっきりと竜だった。


 朝陽を受けて輝く黒い竜の神々しさに圧倒される。


 昨日きのうまでは猫くらいの大きさだったのに、それより二回り以上は大きい。

 空を飛んでいる所を誰かが遠目に見たら、鷲と見間違うかもしれない。


 美しい黒い竜は、少年を見つめて得意げに胸を張った。


「竜の方も、すっごく綺麗だ。」


 思わず、だが心底から少年がそう言うと、黒竜はびっくりしたように数瞬目をしばたいて、それから少女の姿だった先刻さっきと同じように嬉しそうにナギに飛び付くと、少年の左手をぱくりと噛んだ。


 加減が上手になっていて、もう全く痛くない。


 ぱくぱくと甘噛みを繰り返す黒竜に、少年は笑った。



  仔犬みた―――――――――――――――――――――――いやいや。



 「伝説級の存在」に失礼だと思い、脳裏をよぎりかけた思考を少年は慌てて押し戻した。

 だが「獣人の中でも別格」と謳われる竜は、まだまだ可愛らしかった。



 そろそろ朝食が気になり出したのか、一端落ち着いていた牛達がまた鳴き出すのが聞こえる。だが少年と黒い竜は、それからしばらくじゃれ合った。



  鳥以外で言うなら大きさも丁度犬くら―――――――――――――……


  いやいや。




 この予想外に早かった竜人少女の四度目の成長は、二人の状況を劇的に変えた。



 ラスタは水の温度を操れるようになり、湯や氷を作れるようになった。

 まだ寒い時期だったので氷が欲しいと思う場面はなかったが、火など焚かなくてもいつでもお湯が使える生活は、牛小屋暮らしに大変革をもたらした。


 手や顔を洗ったり掃除をするのに湯が使えるなんて、一般の家でもあまり出来ない信じられないくらいの贅沢である。

 牛乳を沸かせるようになったのも大きかった。竜人少女は水以外の液体の温度も操れるようになっていて、ナギはようやく、小さな少女に安心して牛乳を飲ませることが出来るようになった。

 「ゆで卵が作れるんじゃないか」と少年が気が付いたのは、鶏小屋の掃除をしていた時だ。鶏が卵を産むのは大抵昼近い時間だが、稀に夜間や早朝に産むこともあり、二人はそれを手に入れられた。



 こうして牛小屋の生活水準は大幅に上がった。



 もちろんありがたかったし嬉しかったが、この暮らしの変化は、ナギの胸を罪悪感に似たものでさいなみもした。


 陽の光も差さない地下に独り閉じ込められているミルの存在は、常にナギの頭の中にあった。


 ミルも牛小屋ここにいられたら、と何度思ったかしれない。家畜の臭いはきついが、今の牛小屋の居心地は地下牢よりずっとましだと思えた。



 一方、四度目の成長がもたらした変化はそれだけではなかった。


 ラスタの物を透かして見える距離が、大きく伸びたのだ。

 しかも竜人少女の物を透かして見る力は望遠鏡のような力と対になっていて、その範囲にある物ならば、遠い場所の小さな物でも、すぐ目の前にあるかのように見えると言う。

 この時のナギにとっては、それはお湯やゆで卵よりも助けになることだった。もう一度館に潜入する時に、その力がどれだけ役立つことか分からない。



 時を同じくして、クライヴの監視も緩み出していた。ハンネスの結婚式が近付いていたためだ。




  動物を狩って捌くにも、行く手を塞ぐ藪木を刈るにも、調理するにも、

  刃物は必ず数本いる。

  物を運んだり縛ったりするのに、縄も絶対にいる。

  ラスタがいてくれれば着火の心配はないけど、ろうそくはやっぱりほしい。

  ―――――――を持って移動出来るメリットは大きい。

  夏でも、防寒用に大きな布はあった方がいい。

  鞄に調理器具、衛生用品――――――――――――――――――――――



 脱出の準備を始めなければいけない。

 その日までに手に入れなければならない物を、改めてナギは洗い出した。




 そしてもう一つ。




 仲間みんなたすけられる可能性が残っているのか、見極めなければならない。





  ―――――――――あの部屋の、あの棚の中を、もう一度見たい。


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