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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
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179. 四度目の成長と少年の動揺

 どきりとする。


 夜明け前の世界で青い瞳はまだ微かに輝いていて、じっとナギを見つめていた。



「ラスタ……?」



 返事はなかった。

 ラスタのはナギに向いたままだったが、もう何も見ていないように見えた。


 これまでもそうだった。


 起きようとしていることをすぐに察して、ナギは急いでわらの中を這い出したが、この時の動揺は小さくなかった。



  もう次が……!



 予想していたより早い。

 一回目より二回目、二回目より三回目と、竜が次の成長を迎えるまでの時間は段々長くなっていたので、四度目は、夏より先かもしれないと思っていたのだ。


 まだ闇が勝る世界で息を飲み、両膝を床に付いたまま少女に向き合う。



 ふっと光が差した。


 少女を包むように金色の光が生まれる。


 異変に気付いた牛達が、「部屋」の下で騒ぎ出す。


 

 牛達とナギがこの光を見るのは五回目だったが、一つだけ、これまでと大きく違うことがある。この光に包まれていたのは、今までは小さな竜だった。



「………!」



 光の粒が増えてゆき、闇が霞んでいく。



 竜人の小さな少女は、その中でじっと佇んでいた。

 神々しい程の美しさは黒竜の時と変わらない。

 寒さも小屋の臭いもナギの意識から飛んでしまう。



 畏敬の念を覚えて、動けなくなる。―――――――――――――――触れても、近付いてもいけない気がした。


 と、少女を包む光の粒がふうっと、上へと伸びた。


 はっと息を飲み、心の片隅でナギは「まさか」と呟いていた。



  こんなに一気に……?!



 ラスタが初めて人の姿になった時。あの時も光は上へと立ち昇った。

 そして人の姿になった時、竜人少女の背はその光が届いた高さと同じくらいだった。

 今、光は竜人の少女の頭一つ分よりまだ高い位置まで昇っていた。



「えっ……」



 思わず声を上げる。



「ラスタ………?」



 光の柱の中で、少女が静かに後ろを向く。

 これまでに、竜がそんな風にしたことはない。


 予期しなかったラスタの行動に驚きを覚えたが、やっぱり近寄ってはいけない気がして、ナギはその場から動けなかった。


 竜人の少女が後ろを向くと、足首まで届く長い髪にその姿はほとんどが覆われてしまう。


 金色の粒子を絡め取る金色の髪。

 小さな少女の後ろ姿は、光の海の中にけぶるようだった。


 竜人の少女を包む金色がゆっくりとほどけるように広がってゆき、闇を光に染め変えてゆく。


 夜明けが近付いていた。




 ぽんっ。




 ただ目を見開き、ナギは竜人少女の後ろ姿を見つめた。

 息も出来ない。


 少女の長い髪の下の方で、ふわりと布が広がる。スカートの色は、青紫に変わっていた。



 自分の姿を確かめるように、竜人の少女はうつむいていた。


 光の粒が少しずつ薄くなり、宙に吸い込まれて行く。


 それから胸の下に両手を掲げててのひらと手の甲を順番に見つめるようにしたあと両腕を前に伸ばし、後ろ姿の少女は、腕を見つめているようだった。



「ラスタ………?」



 呼び掛けると、ようやく少女は振り返った。

 微笑む少女を見た時、少年は言葉が出なかった。



「大きくなったぞ!」



 そう言って、竜人の少女は笑った。



 獣人はみんなこんなに綺麗なんだろうかと、ナギは何度か考えたことがあった。

 でも想像出来なかった。

 小さな竜人の少女は現実の存在ものとは思えないくらいあまりに綺麗だったから、同じ程に美しい別の存在を、どれだけ考えても思い描けなかったのだ。



「美人になってるか?」



 両手を腰に当て、少女が嬉しそうに胸を張る。



 結局、ナギの想像力を超えてきたのはラスタ自身だった。


 ほっそりと伸びた手足。

 真珠に薔薇の色を溶かし込んだかのような肌は変わらない。

 そして水のように滑らかに輝く青い服に掛かる、足首まで届く金色の髪。


 竜人少女(いわ)く「人間ひとの世界で暮らしていると面倒になって切ってしまう獣人も割といる」そうだが、一度短くすると元の長さまで伸びるのに何十年も掛かると言う獣人の髪は、成長の時には背丈と一緒に伸びるようだ。



 一拍を置き、ナギはようやっとうなずいた。



「うん。びっくりするくらい綺麗だ。」

「うむ、そうか!」



 腰に両手を当てたまま、少女は満面の笑みを見せた。



  もう最後に見た時のハナより大きい。

  コウと同じくらいだ。



 ラスタが短い距離を駆けるようにしてナギに飛び付いて来る。


 だがこの時、ナギは自分からは手を伸ばさなかった。

 抱き付いて来た少女をただ受け止め、それから少年は少女を抱き締め返した。




 胸に微かに痛みを感じる。




「―――――――――――――――――おめでとう。」



 少しだけ苦し気に、少年は祝いの言葉を口にした。

 重みは上から掛かっている。少女の背は、もう座っているナギの高さを超えていた。




  次の成長の時にはラスタはもう、ミルと同じくらいになってしまうかも

  しれない。




 心のずっと奥のどこかで、ナギは激しい動揺を感じていた。




 すぐに離れたラスタを改めて見上げると、少女の「服」は色だけではなく形も全く変わっていた。


 青紫の巻きスカートは両端より真ん中が短くなっていて、裏地の色が表より明るい。深く折り込まれたたくさんのひだと均一でない丈のお蔭で、色違いのその裏地が絶妙な塩梅で表側に見えている。金色の縁取りと鎖で飾られた「服」は、今までで一番複雑な形をしていた。


 成長の瞬間、ラスタの「服」は一瞬消えたように思う。




 ふと気が付く。





  ラスタは先刻さっき、どうして後ろを向いたんだろう。


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