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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
176/239

176. 再び「初めての潜入」(3)

「結局なんだったのかしら。」

「さあなあ……。」


 昨日きのうと今日、麦畑ではそんな会話が交わされている。

 同じ場所に一週間留まり続けた異様な雲が姿を消したのは、昨日きのうの朝だ。


 館の中では使用人達が慌ただしく動き回っていて、台所と風呂場に出入りするだけのナギですら、館の緊張を肌で感じている。それどころではないということなのか、アメルダも、自分を殺そうとまでしたハンネスも、あれきり自分の前には現われていない。


 ほかにどうすることも出来ないので、この二日間、だからナギはいつも通りに過ごしていた。


 そしていつも通りにしているしかなかったのはナギだけではない。


 あの雲の下で起きたことを、領民達はどうやらまだ知らされていないようだった。

 昨日きのうも今日も、村人達はいつもと同じように領主の畑にやって来た。動かない雲が消えて一日過ぎた今日の麦畑では、彼らの間には安堵感すら漂い出していたと思う。




「―――――――――――――――――――――」

 橙色のの中に石造りの壁が浮かび上がってどきりとする。先刻さっき鉄柵の向こうに見えた玄関ポーチも石造りだった。


 煉瓦造りの壁に漆喰を塗ることが多いヤナ人の家と違う。


 自分が今立っているのはヴァルーダ人の村なのだと、改めて思い知る。


 他国から攻撃を受けたらしいヴァルーダに、これから何が起こるのかナギには分からない。


 ようやくベッドから起き出せるようになったミルの快復も、夏には間に合わないかもしれない。

 

 見えたかのように思えた道の先が激しく揺らいで、崖崩れが起きたかのように塞がれて行くと感じたが、行き止まりと決まった訳じゃない以上、今は進み続けるしかない。



  奴隷商人を見つけ出さないといけない。



 手掛かりを掴むためにナギは今日、ここへ来ていた。



 姿を隠せる場所を求め、少年は窓から離れるように右へと動いた。

 石の壁に自分が異国人の潜入者であると突き付けられたかのようで、息が苦しい。



「………ガラス窓の家は、多い?」

 相棒に尋ねた少年の声は掠れていた。


 ヤナとヴァルーダは違うのだ。

 ガラス窓は裕福な家にしかないものと思い込んで、確認しなかったことを反省する。

 家の中から窓越しに見られることを警戒しなければならないとすれば、この潜入は想像していた倍大変だろう。


「ガラス窓か?―――――――――いや、ほとんどなかった。」

 頭上から返ってきた竜人の少女の返事こたえに、ほっとする。



  落ち着け。



 石造りの壁をもう一度照らすと、看板が目に入った。





 「ミルと自分の脱出を優先する」と決断したあとも、仲間を諦めずに済む道を、それでもナギは必死に考え続けた。



  何か方法があるかもしれない。



 だがこの巨大な国を当てもなく歩いて十三人を見付け出すのは、ほぼ不可能だと思った。

 見た目で異国人だと分かってしまう自分は、この国の道を見咎められずに歩くことすら出来ない。


 手掛かりがいると考えた時に、ナギに思い付くことが出来た「手掛かり」は、あの奴隷商人だけだった。


 異国へ人間を狩りに行き、攫った人間達を広大な国のあちこちに売り捌いているのだとしたら、奴らは多分、一年の大半を移動している。そんな連中を、どうやって捜し出したらいいんだろう。


 ナギが四年の間に幾度か考えたことだった。ずっともしかしたら、と思っていたことが、あるにはあった。



 ブワイエ家の帳簿だ。



 ブワイエ家は、牛乳の売却代のような毎日の小さなお金の動きも記録している。

 奴隷の買い取りに使ったお金を記録していないとは思えなかった。


 自分とミルが売られた日付けをナギは覚えているし、その時に小さくはない額が動いたことも知っている。ヘルネスがミルを買った時には、ナギは支払いの場を見てすらいる。


 あの日館の玄関に戻って来たヘルネスは、緑色の布包みを腰の曲がった使用人に渡した。すぐ目の前にいるというのにわざわざ使用人を経由して包みは頭領に渡り、取引相手のまどろっこしさとは対照的に頭領はその場で即座に中身を確認すると、布だけ使用人に戻していた。


 ヴァルーダの金貨を、ナギはその時初めて目にした。牛乳の売却代や村人達に支払われる日当は、いつも豆粒のように小さな銅貨が数枚だ。金額の違いは見た目にもはっきりしていた。


 あれだけ大きな金額が動いたのだから、取り引きの記録には商人の名前と、もしかしたらそれ以上の情報も記されているかもしれない。



  あの書斎の、あの棚の中をもう一度見たい。


  何冊もあったあの薄い冊子は、帳簿じゃないのか。


  ……でも名前程度のことが分かっても、多分先には繋がらない。

  何も分からないよりましだろうけど、それだけでは奴らを見付けようが

  ないだろう。



 少しでも早くミルを逃がしたいと思いながら、白髪の男からの監視で動けずにいたひと冬は、結果としてナギに仲間の行方を考える猶予と突破口を与えた。



 倉庫から台所へ薪を運べとジェイコブから命じられ、昼食後に麦畑へ戻るのが遅れた日、館の玄関で少年は、意外なものに出遭うことになったのだ。


読んで下さった方、本当に本当にありがとうございます!

よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークやいいねして頂けると、物凄く嬉しいです。


本当に忙しくて、今回もやや短めで済みません………(_ _;)

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