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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第三章 獣人とひと
162/239

162. 消えた少女(2)

 世界が途切れたかのような静寂が落ちる。



 そして。




「――――――――どうしましたか。」




 耳から冷気が伝わり、ナギは体を凍り付かせた。


 誰だかすぐに分かる特徴的な声だった。



  どうしてここに。



  今来たのか。それとも近くに潜んでいたのか。


  分からない。



 生気を感じさせない、少し掠れたような声。


 花嫁の女中だ。



  なぜここにいるんだ。



「………――――――――――――手洗いに、行きたくて。」


 息詰まる沈黙の末に、少年はそう応えた。


「―――――――――――――――館の者を呼んで来ましょう。」

「いえ、大丈夫です。」


 女中の申し出を、ナギは咄嗟に断っていた。

 あれだけ扉に体当たりしておいて、自分の言っていることが不自然なのは分かっている。


 扉の反対側で黒い服の女は無言だった。少年の言葉を信じはしなかったのだろう。

 取って付けたような言葉を、ナギも信じてほしい訳ではない。



「――――――――――――――――――――――」



 扉を挟んで、両者はしばらく沈黙した。

 小さな窓の向こうで世界から色が落ちて行くのが見える。



  何をしているんだ―――――――――――――――。



 扉に体を預けるようにして、ナギはその外の無音を探った。



 ガチャリ。

 


 突然金属の重い音がした。


 背筋が寒くなる。


 扉に付けられた鉄の塊を、女中は確認しているらしい。



  もしかしたらアメルダとこの女中にとっても、この錠は邪魔なのかも

  しれない。



 ミルとアメルダの間に起きたことはようやく聴くことが出来たが、それでもアメルダの行動の目的は分からなかった。

 ただこの女中とアメルダがナギに便宜を図る度、館の人間達がナギに向ける敵意は強くなるだろう。




 ―――――――――――――――やがて。



 ざっ………ざっ………



 足音は静かに、扉の前から南の方へと動いて行った。



 ざっ………ざっ………



 小屋の周りを動く微かな音を、少年は息を殺して聴いていた。



 ガチャリ。



 今度は裏口から鉄の音がした。



「―――――――――――――――――――」



 ほんの少し前、館の男がそこに錠を付けた時と同じように、ナギは牛越しに裏口の扉を見つめた。


 夜を前にした世界に再び静寂が落ち――――――――――――――――



 ざっ………ざっ………



 足音は、裏口の前も離れた。


 裏口の施錠に感謝することになろうとは。


 結局黒い服の女中は、小屋の周りをほぼ一周したのちに去って行った。



 体がじんわりと汗ばんでいる。


 自分の空々しい言葉を問い質さなかった、あの女中を恐ろしいと思う。

 やっぱり何かを知っているとしか思えなかった。


 小屋を出るチャンスをみすみす逃したことが、失敗でなかった自信はなかった。


 でもラスタがアメルダの手の中にあるのなら、皮肉でもない限りあの女中の口から「どうしましたか」と言う言葉は出ない気がしたのだ。


 ナギが一番に恐れたのは、得体の知れない花嫁とあの女中がラスタの存在を知っている可能性と、ラスタを捉える術すらも持っている可能性だった。




  ラスタ――――――――――――――――――――――――




 牛小屋の中で少年は宙を見渡した。

 女中が去って行き、もしかして今度こそと思ったが、朱い火が照らし出す牛小屋に小さな少女はやはり姿を現さなかった。


 異変を察しているのかいないのか、火の色に染められた小屋の中で、牛達はただ静かにうごめいていた。


 心臓の音が、喉元で聞こえている。


 狩りに行ったラスタの「帰宅」がナギより遅かったことは、これまでに一度もない。



  もう少しだけ待とう。



 何か理由があって、少し遅れているだけかもしれない。


 確信は持てなかったが女中のあの言葉から考えると、少なくともラスタは、アメルダには捕まっていない気がした。



 やや深い呼吸を繰り返して自分を落ち着かせると、ナギは地面に置いたままだったランタンを取り上げた。


 この灯りは、今日は使わせて貰おう。

 今視界まで失ってしまったら、本当に何も出来ない。


 じゃらっ……


 鎖を引き摺りながら、ナギは自分の「部屋」へと向かった。

 宙に浮いた「部屋」に先にランタンを上げてから、梯子を上る。


 だがナギ自身は「部屋」へは入らず、梯子の一番上の段で振り返ると、少年は床のへりに腰掛けた。

 布団のある場所に戻る気にはなれなかったが、座っている方が気持ちは幾らか鎮められた。



  いつも狩りをしている川――――――?館の中――――――?



 今ラスタは、どこにいるんだろう。



「………。」



 小屋の外はそろそろ完全に真っ暗だろう。

 入り口から二つ目の小屋の梁を少年は見上げた。朱色のは高い天井に届き切らず、太い梁は半分闇に飲まれていた。



  梯子。わら。桶。掃除道具………。



 小屋にある物を組み合わせれば、なんとかあそこまで手が届くかもしれない。

 梁の上の収納には、小刀や鉄の杭が数本ずつある。


 小屋を壊すことになるだろうから最後の手段だが、道具を使えば木の扉くらいならきっと破れるだろう。



 自分自身を抑え付けるように組んだ両手を腿の上に置き、過ぎて行く時間を少年は宙を見つめて過ごした。


 灯りがあっても、ラスタがいないと、この場所は暗かった。



  遅過ぎる。



 少年は遂に立ち上がった。


もう少し先まで書きたかったのですが時間が足りず……

少し短めですみません……。

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