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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
151/239

151. 王国のもう一つの王家

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。

 馬の世話を終えたナギは、北西の空を見つめていた。



  何が起きていたんだ………。



 あの雲は既に消えていた。

 綿わたをほぐしたような薄い雲が点々とあるだけで、今朝の空は、地平の果てまで綺麗な水色だった。



 馬小屋の周囲には今日は紺と金の服を着た男達が大勢いて騒がしい。


 三棟の馬小屋の内、二棟は屋根と腰壁だけのような簡易的なもので、その片方は去年建てられたばかりだ。どちらの小屋の中にもずらりと馬が並んでいるのが、腰壁越しに見える。

 小屋の増設の理由をナギが聞かされたことはなかったが、この日のためであったことは見れば分かった。


 一棟だけしっかりとした造りの小屋にはブワイエ家の馬がいるが、その小さな小屋にこの数の馬は到底入らない。



 自分達の馬の世話のためにやって来たゴルチエ家の男達は時折手を止めると、奴隷の少年を見やってひそひそと言葉を交わしていた。



「どういうことだ?」

「この家の奴隷だろう?」



 今朝馬小屋に来てから、ナギの混乱は更に深まっていた。


 奴隷の少年にこの服が与えられることを、どうやらゴルチエ家の人間でさえ、ほとんどが知らなかったようなのだ。

 花嫁の家の男達は奴隷の少年の姿を見ると皆目をみはり、それからいぶかしむように何かを言い合っていた。



 ナギは真西の方へと視線を転じた。


 朝陽に照らされて、なだらかな緑の斜面がきらめいている。



  ラスタ――――――――――――――――――――



 竜人の少女が「消える力」を手に入れてから、別行動がこんなに不安だったことはないかもしれない。


 牛小屋と鶏小屋の世話を終えたあと、いつものように二人で「行って来ます」を言い合って、それから少女は出掛けて行った。


 館の食品庫や鶏小屋の産卵箱から二人でちょこちょこと卵や食料をくすねてはいたが、ラスタのごはんは、今も基本的には狩りの獲物だ。出掛けなければ食事にありつけないのだから、彼女を止めることは出来なかった。



 深く息を吸い込むと、ナギは決意したようにきびすを返して、台所へ向かって歩き出した。



 無事に朝が来た時、ほっとした。だが自分達は今、危機に晒され続けているのかもしれないと思う。


 恐怖はあったが、いざ台所に向かって歩き出すと気持ちが急いて、自然と速足になった。



  やっとミルに会える。



 朝起きてからラスタにまた地下牢を見て貰ったが、ミルはもういなかった。

 昨日きのうの夜はあんなに遅かったのに、今朝はこんなに早くから働かされているのかと胸が苦しくなった。



 ナギがミルの姿を最後に見たのは、昨日きのうの朝だ。

 

 勝手口のいつもの扉を開ける時、少しだけ緊張した。


 この格好でミルに会うのが初めてということもあったが、彼女の方にも何かが起きているかもしれないと、ずっと不安だった。


 花嫁とあの女中の行動は、どう考えてもおかしい。



 ただナギはこの時、本当に微かに、心の片隅でではあったが、期待や希望めいたものもいだいてしまっていた。



 もしかしたらミルにも、新しい服やろうそくが与えられているかもしれない。



 そんな思いが胸をよぎっていた。




 がちゃり。




 ナギが扉を開けると台所じゅうの視線が一斉に、紺と金の服をまとった少年に集まった。

 今日の台所にも朝から大勢の使用人がいて、彼らが間にいるせいで、ミルがいつも座っている筈の場所は見えなかった。



  何かおかしい。



 使用人達の視線にナギは違和感を持った。


 昨日きのうの夜ここを通った時、他家の女中と少年奴隷を見咎める声は、はっきりと攻撃的だった。黒い服の女は抗議の声を完全に無視したのでナギもそれに従ったが、その場に強い緊張が生じるのを感じて、少年は平静ではいられなかった。


 だが今、館の使用人達は目をみはるようにしてナギの姿を見たあと、どこか戸惑うような表情かおをした。ミルがいる辺りをちらちらと見やった者もいる。


 いつも不快げにナギを睨むジェイコブとタバサさえ何かを言い淀むような表情かおをしていて、その目から刺々(とげとげ)しさが消えている。



 誰も何も言わない。



 客人の朝食の世話に追われていた使用人達は、上質な服を着た少年を凝視はしたが、皆立ち止まりまではしなかった。


 間を遮っていた使用人達が動いて、その場所がようやく見える。





「えっ………」





 少年は呟くように、微かに声を上げた。






 少年と少女は、ただ目を見開いて互いを見つめた。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「誰も入れるな。」


 両開きの扉の左右に立たせた男達にそう言い置くと、ゴウルはその扉の鍵を開けて中へと入っていた。



 ゴルチエ家の「自宅」の敷地は、町一つ分と言っていい程巨大だ。

 その広大な敷地に主な建物だけでも十以上建っていて、使われていない部屋が数えきれない程にあった。厳密に言うならば、使われている部屋の方もどれだけあるのか数えきれない。


 扉を入ると廊下があり、その先に居間や寝室のあるこの場所も、ゴウルの記憶にある限りもうずっと、区画丸ごと使用されていない。入り口は今入った扉だけであり、そこで人を遮断してしまえば区画全体を密室に出来るので、密談にはいい場所だった。



 ひと気のない廊下をしばらく歩いたゴウルは、やがて片開きの白い扉を開けた。



 相手は既に来ていた。



 背中まで届く金褐色の髪を持つ青年は、ゴウルを見ると小さく一礼した。


 秀麗な顔立ちをした髪の長い青年は、小振りの丸テーブルの横に立っていた。

 赤いクロスが掛けられた丸テーブルと書棚のほかに目立つ家具はなく、小さなその部屋は、茶室か談話室と言った風情であった。



 「王国のもう一つの王家」と謳われる家のあるじは無言で中に進み入ると、丸テーブルを囲む三脚の椅子の一つに腰を降ろした。


読んで下さった方、評価やブクマしてくださった方、本当にありがとうございます。

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