表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
149/239

149. 脱出の判断(2)


「あのヴァルーダ人がか?」


 青い光が丸くなる。

 早朝の牛小屋にやって来た不審な女のことは、ラスタの印象にも残っていたようだ。


「―――――――――――ナギは領主ここの息子の花嫁とその女中が、わたしのことを知っていると思うのか?」


 少年の話を聴き終えた竜人の少女は、一層困惑を深めたようだった。

 相棒に尋ねられた少年は、改めて、黒い服の女の数々の不審な行動を思い返した。

 胸がどきどきとしている。


「………分からない。」


 沈黙のあと少年がそう答えると、二つの青い光は先刻さっきとは反対側に傾いた。


「――――――――――――仮にあの花嫁とその女中がわたしに気付いているとして、なんでナギに服と灯りだけ渡すんだ?」

「…………。」


 同じ疑問にナギも突き当たったままだ。

 少年は顔を伏せると、両のてのひらに自分の額をこすり付けた。



 ミルと仲間達の命を左右する問題だ。



 今脱出するのなら、タキやカナタ達を諦めることになる。

 大きな喪失を受け容れて脱出したとして、ヤナまで辿り着けるとも思えない。

 脱出の準備は十分に程遠いし、今夜は全員疲れている。



  思い込みで動いちゃ駄目だ。



 獣人の雷についてのラスタの言葉を、もう一度考える。



  状況を確認するんだ。



 数秒後、湧き上がる焦燥感を抑え込み、ナギは顔を上げた。


「――――――――――――――ラスタ。今花嫁が何をしているか、見える?」

「―――――見てみればいいんだな。」


 青い光が動いた。



 ラスタが遠くを見る時、視線をそちらの方に向けなければならないのは普通に物を見る時と同じだった。ラスタの瞳に世界がどんな風に見えているのかは想像するしかなかったが、想像でも、高さの調節もした方がいいことは理解出来る。


 真っ暗な板張りの上で少女が立ち上がる気配がして、それから青い光が、音もなく高く浮き上がった。



  小さなラスタに夜遅くまで無理をさせている。



 忸怩じくじたる思いを抱きながら、牛小屋の天井ぎりぎりの高さにまで浮き上がりつつ館の方へと向いた光を少年は見上げた。

 花嫁の部屋は、館の二階の北端だ。



 この一年の間にゴルチエ家の令嬢の荷物は二度に渡って二階の部屋に運び入れられており、それから今日までその部屋は施錠されていて、ラスタによると、ブワイエ家の人間ですら立ち入れなかったと言う。

 やはりラスタが教えてくれたことだったが、その部屋は花嫁の持ち物で溢れていて、新郎のハンネスの荷物は置く余地がないらしい。ハンネスが部屋を移る様子もないので、新婚の夫婦の部屋は、どうやら別々らしいのだ。

 父親のへルネスの方は夫婦同室だったから、別室がヴァルーダの慣習という訳でもないと思うのだが。



 館の二階の高さに近付いたラスタは、すぐに花嫁を見付けたようだった。花嫁は部屋にいたようだ。


「―――――――――――もう夜着を着ているな。寝るみたいだぞ。ベッドの横にいる―――――うむ?」



 広い部屋だ。


 真鍮細工の台を持つ優美なガラスのランプと、磁器製の水差しがベッドサイドの小机に置かれている。室内の箪笥やテーブルには細かな刺繍が施されたクロスが敷かれ、その上に宝石があしらわれた金細工の小物や、陶製の置き物が飾られていた。


 室内の収納に物が収まり切らなかったのか、高級そうな品々が所狭しと並べられた花嫁の部屋は、どこか雑然とした雰囲気だ。


 体が透けるレースを大胆に両脇に配した白い夜着を着て、赤紫の羽織物を羽織ったアメルダが、苛立たし気にベッドに腰を降ろすのが見えた。と、一拍を置いて若い花嫁は自分の左横から大きな枕を取り上げると、何を思ったのか再び立ち上がった。



 バスンッ!!



 ほっそりとした眉を吊り上げ、花嫁は、鬼気迫る表情でその枕を力任せにベッドに叩き付けた―――――――――一度では気が済まなかったらしい。その行為は、二回、三回と続いた。



「…………ラスタ?」

「―――――――――――多分寝るんだと思うが。一人で枕をベッドに叩き付けてるぞ。……何か意味があるのか?」

「え?」


 聴いている限りでは、苛立ちを物にぶつけているように思える。



  最初から喜んで嫁いで来るって様子じゃなかったけど。



 アメルダの思わぬ行動を知って、少年は何か色々と暗い気持ちになった。



 それはそれとして、今重要なのは、「花嫁がもう寝ようとしている」ことだった。

「枕に当たっているんじゃないかと思うけど………ラスタ、あの女中は花嫁の近くにいる?」

「機嫌が悪いのか?ふむう……。」

 ラスタが心持ち興味深げにしたので、少年は少し心配になった。

「……ラスタはそういうこと、しちゃ駄目だよ?」

 死人が出かねない。

「うむう。」

「…………」

 アメルダの行為をどう考えたのか、竜人の少女は曖昧にうなずいて、それから先のナギの質問に答えた。


「花嫁の部屋にはほかに誰もいないぞ。」



 この情報は大きい。



 ナギは口内に溜まった唾を飲み下した。



 ラスタの存在を知っているかのようにも見える花嫁と女中の不審な行動を、今はどう理解していいのか分からない。だが今夜はもう、大きな動きはないのではないか。



  今日はじっとしている方がいいのかもしれない。



 煌めく光が、天井近くに留まったまま尋ねてくる。


「あの女中の様子も見た方がいいか?」

「……ありがとう。」

「うむっ。」


 少し時間が掛かったが、それからラスタは、ゴルチエ家の女中達が宿泊している部屋も見付け出してくれた。花嫁に随行して来た女中達も全員、もう寝ようとしている所だった。



  まだ希望を繋げるかもしれない。



 偵察を済ませて、すぐ前に降りて来た青い瞳をナギは見つめた。


 小さな少女をもう休ませなければいけない。


 でも時間が遅いのを承知で、今聴いておこうと思う。



「ラスタ。奴隷商人の方は何か分かった?」



 「うむっ」とうなずく声を聞いた時、ナギは心臓が止まる思いがした。




 ヘルネスの部屋の金庫―――――――――――――――秘密はそこに眠っていた。




 言葉が接げずにいるナギに、竜人の少女は、今日の成果を話してくれた。その声とが、少しだけ硬い。



「商人の名前と居場所が分かった……。………商人がいるのは、ゴルチエ領だ。」





 この夏の、ナギ達の脱出は叶わなかった。

 あの雨雲と雷の理由を彼らが知るのはまだ先のことだ。



 この日ナギは脱出を選ばず、最低限だけのことを少女に聴くと布団に入った。



「ナギ、かっこいいな!」


 竜になる前に、少し照れたように少女の声がそう言った。

 少年は驚いて、青い光を見返した。


 そう言われてもちろん悪い気はしなかったが、肌に触れるその服になんとも言えない違和感をいだき続けていたナギは、曖昧に微笑んだ。


「服と灯りを寄越すだけ、ブワイエ家の連中よりまともかもしれないぞ。」


 花嫁のことをラスタがそう評した時、ナギはあることに気が付いた。



 もしかしたらミルも、灯りを貰えたのではないか。



 竜人の少女にそう告げて、「地下牢を見て貰えないか」とナギは頼んだ。

 そうであったなら、それはナギにとっては自分のことのように安心出来ることだった。この夜の、竜人少女への最後の頼みごとだった。


 竜人はちょっとだけむくれたようだが、少年の願いは聞き届けてくれた。


 しばらくして。


「―――――――――まだ『部屋』に戻ってないみたいだ。」


 相棒の報告を聴いて、ナギの表情は強張った。



  まだ働かされているのか―――――――――――――――――――



 一年前にアメルダが来た時は、ミルは数日でやつれたようになった。

 今日脱出を決行するのは、やっぱりかなり厳しかっただろうと思う。



 ミルの体を案じながら、その日ナギは横になった。黒竜も少年に寄り添って目を閉じる。


 今日は脱出しないと決めた以上は、体をしっかり休めなければいけないと少年は思った。


読んで下さっている方、今日たまたま読んで下さった方、本当に本当にありがとうございます!

よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークして頂けたりすると物凄く励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ