148. 脱出の判断
「雷が獣人の仕業がどうかって、分かるものなの?」
季節は確実に動いていて、今夜は温かかった。紺と金の新しい服のせいもあったが、藁布団の横で竜人の少女と向き合っていることが、今日は辛くない。
少年の問いにあどけなさの残る声が、声にそぐわぬ落ち着いた調子で応じた。
「うむ―――――――――他の獣人が近くにいると分かるのと同じだ。ヤナ語で言うと、『気配』とか言えば分かり易いか?」
獣人同士は「気配」で分かる――――――――――――――ではあの雷は、間違いなく獣人の仕業ということだ。
だが不自然に思えたことは、もう一つある。
「あの時ずっと北の方に、物凄く大きな雨雲が見えたんだ。」
「あれも獣人だな。」
「えっ?!」
再び少女にあっさりと言われて、ナギは息を飲んだ。
「同じ獣人?!」
「いや違う。―――――――――いや同じかもしれないが。雨の方は一人じゃない。複数の獣人が関わっていた。何人かまでは分からぬが。」
複数の獣人?!
どくん。
少年の心臓が大きく跳ねた。
少女が話を補足する。幼い声には、何か風格すら感じられた。
「あんなに大きな雨雲を一人で作れる獣人は、竜以外だと<水蛇>とかだな。そうそういないぞ。」
竜人の少女についでのようにそう言われ、改めてナギは、竜の特別さに驚かされた。だが竜の力の話は、また次の機会だ。
―――――――――――――やはりラスタの存在に気付いたヴァルーダが、ラスタを捉えるために動き出しているのでは。
それがこの時、真っ先にナギの頭に浮かんだことだった。
でも。
疑問が同時に湧く。
雷は自然でも経験したことがないくらいに近かったけど、あの雲は物凄く遠かった――――――――――――遠く離れた場所の雨雲に、どんな意味が。
闇の中で、胸が激しく打ち続ける。
もしかしたら、今すぐに脱出するべきなのかもしれない。
いや、下手に動くべきではないのか?
地平に浮かんだ異様な程に大きな雲の姿が、少年を震撼とさせた。
一人であれ、複数であれ、あんなに巨大な雲が作れるなんて―――――――――
あの下ではどれだけの雨が降ったのだろう。
初めて目にする、ラスタ以外の獣人の力。
崖の淵に立っている思いがする。
ヤナに帰したい――――――――――――――――。
ラスタとミルだけでも。
真新しい服の下に、ナギはじんわりと汗をかくのを感じた。
体と声を強張らせ、少年は二つの青い光に尋ねた。
「ヴァルーダが、ラスタに気が付いたと思う?」
闇の中で青い光は、微かに傾いた。少女は首を傾げたようだ。
「雷や雨でわたしは捕まえられないぞ?わたしじゃなくて、獣人達は何か別の理由で動いたんじゃないのか。」
「別の理由?」
ラスタとは無関係?
張り詰め切っていたナギの心の糸を、ラスタは少しだけ緩めた。
物事が思わせぶりなタイミングで起きて、人が思い込みを持ってしまうようなことは、確かにある。
思い込んで誤ってしまう前にナギは立ち止まったが、かと言って、正解を見極めるには情報が足りなかった。
花嫁が到着してから次々と起きていることは、偶然――――――?
時間がないが、今日自分の身に起きた出来事を話して、ラスタの考えを聴くべきだった。
今下そうとしている決断は、運命を分ける。
脱出の準備はまだ到底整ったとはいえない。
保存の問題があるから、特に食料は、まだ何も用意していなかった。
それに今夜は自分もラスタも、恐らくミルも、疲れ切っている。
そして。
今脱出を選べば、仲間を救えるかもしれない最後の可能性を、ナギは捨てることになるのだ。
「………何があったんだ?」
見たことがない服を着ているナギに、竜人の少女は困惑した様子でそう尋ねた。
今回ちょっと短めで済みません………!><;




