表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
147/239

147. ナギの知らない獣人

 今日のラスタの「服」は紫がかった濃い青のズボンで、だいぶ大人しめだ。ドレープも装飾もいつもより少ない。それでも少女は、そこにいるだけで世界が明るく見える気がする程、眩ゆく輝いていた。


「よかった……。」


 絞り出すような声で笑顔も見せずに呟いたナギを、竜人少女は困惑顔で見つめ返した。



  どこから話せばいいんだろう。



 あの花嫁と女中は、もしかしたらラスタのことを知っているのかもしれない。


 待ち侘びていたラスタの報告を聴く時間の筈だったが、話の優先順位を変えざるを得ない。伝えたいことと訊きたいことがどちらもあり過ぎて、ナギはすぐには言葉が出なかった。

 

 最初の言葉に迷うナギを、ラスタは小首を傾げて見つめていたが、金色の髪の少女は突然はっとしたような様子を見せて、床の上に降りた。



「『ただいま』だ!」



 胸を張った小さな少女にまるで重大な宣言でもするかのように高らかに言われて、ナギは思わず吹き出した。



 さざ波のように胸に安堵が広がる。



「お帰り。」



 心から、そう言った。





 少し考えて、ナギはやっぱり、ランタンのは消すことにした。


 せっかくの明かりだが、「自分が見えると言うことは、周囲からもこちらが見えるということだ」、と改めて思う。


 変に高い場所にある上に小さいから日頃は手を触れることもないのだが、この牛小屋には、窓があるのだ。

 ナギとラスタの「部屋」があるのとは反対側の壁面に、小さな窓は三つ並んでいた。

 梯子を掛けなければ届かないような高さにある窓だが、明かりを灯すのなら、外から覗かれる可能性は常に考えなければならなかった。


 今は多分、どんなに用心深くしても行き過ぎということはない。


 ラスタは壁の向こうや遠くの景色を見られるが、それは「見よう」と意識した時だけだと言っていたから、彼女が休まずに小屋の外を見張り続けられる訳ではない。

 でも「小屋に入る前に周囲に人がいないか、いつも確認している」と言うラスタは、やっぱりさすがだった。


 ようやく再会した二人は、どちらもかなり困惑していて、「その服どうしたんだ?」とか「無事でよかった」とか言い合うだけで数分が過ぎた。


 何が起きているのかラスタも分からなかっただろうが、それでも竜人少女は、先ずナギの足枷を外してくれた。


 かしゃん。


 小さな音と共に鉄の輪が開く。

 重い枷が解けると、少しだけほっとする。


 それを部屋の隅によけてから、ナギはわら布団の横で少女と向き合って座り、それから革張りのランタンの扉を開けた。


 白い革張りの四角柱の中で、新品に近いろうそくの火が揺らめいている。


 随分いいろうそくだ。


 質の悪いろうそくはひどい臭いがするが、これはほとんど臭いがない。


「…………。」



 あの花嫁が、何を考えているのか分からない。



 胸に騒めくものを感じながら、ナギはふっ、とその火を吹き消した。



 視界が突然なくなった。

 牛小屋の中はいつも通りに、青い光と牛達のしか見えない暗闇となった。



 あまり時間がない。



 夜明けはどんどん早くなっていて、ナギとラスタの活動時間と睡眠時間はどんどん削られている。小さなラスタのことや翌日の自分の仕事のことを考えると、安易に徹夜は出来ない。



「雷が落ちなかった?」


 少年が最初に聞いたのは、あの不自然な雷のことだった。

 ラスタの他に獣人がいるのではないかと思えて、だからラスタのことが心配で堪らなかったのだ。


 以前より高い位置にある青い光は、闇の向こうで少し硬い表情を見せた。

 そして少女はあっさりと、ナギの心臓を止めそうなことを口にした。



「あれは獣人だな。」

「獣人がいるの?!!」



  花嫁の一行に紛れて来た―――――――――――――――?!



 ナギはそう疑ったが、そうではなかった。


「近くにはいない。どこか遠くにいる獣人が雷を落としたみたいだ。」


 応えるラスタの口ぶりは落ち着いていたが、ナギは混乱した。状況が益々分からなくなったと思う。



 以前にナギは、獣人同士は近くにほかの獣人がいると互いにその存在を感知出来るとラスタに聴かされていた。姿を消していてさえ、獣人同士は分かるのだと言う。



 でも「近く」というのはどのくらいの範囲なんだろう。


 花嫁の一行の中に獣人がいないと、断言出来るんだろうか。



「少なくとも、今館の敷地内に獣人はいない。」


 ラスタの答えは、少しだけ少年を安堵させた。



  でもあの雷は、やっぱり自然現象じゃなかったんだ。



 つまり自分は、ラスタ以外の獣人の力を初めて見たのだ。



  一体なんのために雷を―――――――――――――――――?



 安堵は一瞬で、少年はすぐに別の不安に襲われた。


 「獣人同士は互いの存在が分かる」と言った時、ラスタは「わたしはまだ小さいから気付かれにくい」とも言っていた。だけどなら、遠くにいる獣人がここに雷を落とす理由はなんなのだろう。


 ラスタの考えを尋ねると、少女は今度は「分からない」と答えた。


 暗闇に包まれた牛小屋で、少年の心は強張った。

 脱出まであと数カ月。


 あと少しという所で、何かが起きようとしていた。


読んで下さっている方、今日たまたま読んで下さった方、本当にありがとうございます!


よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークして頂けたりすると物凄く嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ