14. 賭け
これから夕方まで、ナギが一人でいられる時間はほとんどない。
竜を連れ歩きながら隠し通すのは、無理だ。
「ごめん………一緒に行けないんだ。」
膝の上に降りて来た竜にそう言うと、黒竜は小首を傾げて、きょとん、とナギを見上げた。
◇ ◇ ◇
四人。
歴史上、竜人の卵をかえした人間は確かたったの四人で、国も時代もばらばらだったと思う。
もしかしたら。
……竜の育て方を知っている国は少ないんじゃないか?
ナギは今、そう思い始めている。
支配階級の人間は、獣人の育て方に関する知識を独占しているのではないか、と少年は疑いだしていた。
だが更によく考えた時、ヴァルーダの王家でも竜人の育て方は知らないんじゃないか、とも思った。
「国内の獣人の数」には、その国の国力を変えてしまう程の影響力がある。
中でも竜人は伝説クラスと謳われる、別格の存在だった。
その竜人の育て方を、歴史上たった四つだけしか存在しなかった国が、他国に教え伝えたりするだろうか――――――――――
ヴァルーダ人が「竜人の育て方」を知っている可能性は、五分だ。
そう推測し、それがナギが危険な賭けに出る決め手になった。
◇
牛達の餌となる干し草が、広い空間の天井近くにまで積み上げられている。
竜を懐に入れたナギは、木造の大きな納屋の中に立っていた。
隙間だらけの板張りの壁から光が射し込んでいて、ここは扉を閉めても真っ暗にはならない。
かたん……
雑穀を入れた椀と、薄く水を張った木桶を地面に降ろす。
まだ赤ちゃんの竜人に、酷いことをしようとしている。
罪の意識と、見つかれば自分は殺されるかもしれないという緊張で体が強張った。
竜の赤ちゃんの命を守る方法が他にないというのなら、ナギは自分の身を諦めて、ヴァルーダ人に黒竜の存在を明かしたかもしれない、と思う。でもヴァルーダ人が竜の育て方を知っている可能性は、決して高くはなかった。
そして竜は、ミルや仲間達や自分を救えるかもしれない、たった一つの希望だった。こんな幸運は、きっとこの先二度とは巡って来ない。
ずずっ……
ナギは屈み込むと、干し草の山の右端を引き摺るようにして、少しだけ動かした。
毎日大量に消費されている干し草は、手前の方ではもう山がだいぶ低くなっていて、ナギの腰くらいの高さだ。
干し草の壁に囲まれた小さな空間を作ると、少年はその中に椀と桶を入れた。
水を薄く張ったのは、万が一にも竜が溺れることのないようにするためだ。
最初に飲んだあの量が竜の赤ちゃんの一度の必要量だとするのなら、大丈夫ではないかと思う。
ただそれも、確証はない。もしかしたら頻繁に必要とするかもしれない。
ナギは静かに竜を抱きあげた。
黄色い草の山にそっと竜を降ろす。小さな竜は、不思議そうにナギを見上げた。
獣人が超常の力を発揮したり、人の姿になるのは、いつなんだろう。
全てが分からない。
ナギが今考える「最悪」は、竜がナギのいない所で人間の赤ちゃんの姿になり、その時に、人間の赤ちゃんと同じ程に無力なことだった。
賭けだった。
「夕方に戻って来る―――――――ここで待っててくれる?」
竜はやはり不思議そうに小首を傾げた。
内臓がきりきりと痛んだ。
ヴァルーダ人に竜の赤ちゃんを渡すことが正解だとは思えなかったが、自分のしていることが正しいとも思えなかった。
でも今、ナギに正解を示してくれる存在はない。
最低の選択であるのかもしれない、際どい判断。
これは、最大の賭けだった。
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